04.男爵家当主は王太子殿下に呼び出される
夕方、王太子から招集がかかった。
会議室に集められた面々を見るに、関連性はないように思われる。
だが心当たりがないわけでもなかった。
誰もが一級品で身を包み、指には宝石を光らせている。
貴族なら当然のように感じられるかもしれないが、 懐具合はピンキリだ。
爵位があっても、平民と変わらない財政状態の者もいる。
(この場に限っては違うな)
近年、羽振りの良い者が集められていた。
さらに共通項を探っていけば、海路で利益を上げていることがわかってくる。
(同じ穴の貉か)
バーリ王国の王弟と取引した身として、察せられるものがあった。
王弟からの条件は、王太子結婚への遅延行為。
見返りは、バーリ王国内での海路使用の優先や税の軽減。
商いをしている者にとって垂涎ものの提案だった。
だからだろうか、広大な領地を持つ古参貴族や考えの古い者の姿はない。特に前者は国内の運営で手一杯だった。
(先見の明、いや、考える頭があれば海路の使用条件の優遇は手にして然るべきもの)
経路や期間が限定されているとはいえ、一度でも利用できる権限を持てれば、次に繋がりやすい。
本来なら会えなかった人物ともよしみを結べるからだ。
婚約式の日取りが決まったことを受け、王太子はこの件について突いてくるつもりだろう。
少しでも足を引っ張れればと、自分も慣例を超える規模の開催には反対だった。
(十分稼いだのだから黙れと言いたいのか)
バーリ王国の王弟が留学してくるまでは、王太子の学園卒業に合わせて結婚式がおこなわれる予定だった。
リンジー公爵令嬢の人となりが認められ、時期が早められたのだ。もちろん相応の根回しがされた上で。
しかしまだ公式に決まっていなかったことから、バーリ王国の王弟が動いた。
そして婚約、結婚までの流れを元に戻すことで、ここに集められた面々は稼ぐ機会を得た。
さすがにこの程度のことで国家反逆罪には問えない。
古い考えを持つ者は、他国と手を結んだ時点でそう口にするが、これしきのことで断罪されていては今日の我が国の繁栄はなかった。
越えてはならない一線ぐらい理解している。
(だが王太子もまだ甘いな)
一度利益を得れば、次を欲するのが人の性だ。
大人しく手を引くなどありえない。黙れと言うなら、見返りを求めるのが当然だった。
皆、考えは同じなのか、したり顔を覗かせている。
男爵位を冠する自分も、身分こそ下級貴族に属するが議会に席を持って長い。
(若造が、簡単に御せると思ったら大間違いだ)
夕日が大理石の長机に窓の形を描く。
ドアから一番遠い上席だけが主を待っていた。
しばらくして、ドア前で待機していた使用人からシルヴェスターの来訪が告げられる。
本人は舐められまいと圧力をかけるつもりでいるのだから、終始険しい表情を保つと誰もが信じて疑わなかった。
しかしその予想は外れる。
一斉に立ち上がり、礼をしたあとに見たシルヴェスターは、いつもと変わらない穏やかな笑みを湛えていた。
初手から読み違えたことに、勘の良い者は警戒心を高める。
男爵もそうだった。
どうする気だと、窺う。
探る視線を一身に受けても、窓を背に座ったシルヴェスターは動じなかった。
夕焼けが銀髪に透け、淡い色の睫毛が影を落とす様は、ともすれば妖艶に映った。
首が僅かに傾けられれば、茜色を含む銀髪がさらりと滑らかな肌を撫でる。
シャツと上着で隠されていても、その下に瑞々しくハリのある筋肉が備わっているのは想像に容易い。
際立って線が細いわけでも、中性的なわけでもなかった。
それでもなぜか蠱惑的な色香があり、白百合の花弁をなぞるように傷一つない首筋に舌を這わせ、鎖骨から下を暴きたい衝動に駆られる。
同じ欲求を覚えた者がいたのか、どこからか生唾を呑み込む音が聞こえた。
自分のものではないはずだ。
(落ち着け、息子と変わらない歳だぞ)
集められた貴族たちの年齢にはバラつきがあるものの、一番若い者でもシルヴェスターの倍はくだらない。
まだ十代の青年に気圧されてどうするのか。
十分な間を置いて、ようやくシルヴェスターは薄く色付く唇を動かした。
「私が招集をかけた理由には皆、薄々見当がついていることだろう。同様に私も貴殿らが望むものを理解しているつもりだ」
(うむ? こちらの要求を見越して、先に提示するつもりか?)
王太子の権力を盾に、ただ圧力をかけるわけでない姿勢には好感が持てる。
しかし異を唱える者への対応としては甘い。それだけなら良いが、この流れは下策に近かった。
(金で簡単に転ぶと思われているのか)
駄々をこねる子どもに菓子をやって言うことを聞かせるように。
顔には出さなくとも、バカにされていると感じている者は多かった。
集められているのは議会に席を持つ貴族たちだ。政治を、駆け引きを蔑ろにされることを何よりも嫌う。
(札束で頬を殴られて喜ぶのは平民だけだ)
貴族には貴族としての矜持がある。
穏便にことを済まそうと考えたのかもしれないが、子どものごとく扱われて喜ぶ大人はいない。
ベッドの上でならわからないが。
国王からいくつかの仕事を任せられてはいても、やはりまだ場数が足りていないのだ。
待ちに待った婚約式に傷を付けたくない思いも強いのかもしれない。
(自分たちが教育してやるしかないか)
次いで配られた書類に目を通すまで、誰もがシルヴェスターを侮っていた。




