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02.王太子殿下は回想する

 その日、シルヴェスターはクラウディア、ニナとテーブルを挟みソファーに座っていた。

 ニナを正面に、クラウディアを隣に置いたのは言うまでもない。


「これに関してもナイジェル枢機卿は動かぬか」

「ベンディン家当主とは長く関わってきましたが、没落が見えている以上、助けようとはしないでしょう」


 夕焼けを凝縮したようなスカーレット色の長い髪を揺らしながらニナは肯定する。


「執事のダートンを監視役にしてニナを育てたぐらい、ナイジェル枢機卿はベンディン家に深く入り込んでいたのよね? 修道者と同じ感覚で切り捨てられるものなの?」


 クラウディアもナイジェル枢機卿ならそうするだろうと予測している。

 けれど彼の人間性については推測の域を出ない。

 その答えを持っているのがニナだった。


「ベンディン家当主はあくまで使い勝手の良い駒でしかないから、扱いは下っ端の修道者と変わらないわ。ただ好きに使えていた財源の一つがなくなるのは痛手でしょうね」

「着実にあの人の力は削げているのね。協力者への扱いを聞くと頭が痛くなるけれど」


 目を閉じながらクラウディアはこめかみを指で押さえる。

 パルテ王国の有力家族ですらこの扱いなのだ。

 というより、ナイジェル枢機卿にとって駒は駒でしかなかった。


「当主は自分の状況が悪化しても、最後まで教会が助けてくれると信じているでしょうけどね」


 赤い唇を歪ませて嘲笑を浮かべるニナは、ベンディン家当主への憎悪を露わにする。

 家族を殺され、自身は人形のように扱われてきたのだから無理もない。

 シルヴェスターからすれば、濃紺の瞳に沈殿した禍々しい感情も安心材料の一つだった。

 ベンディン家の没落は彼女の長年の望みでもある。

 少なくとも復讐が完遂するまではよく働いてくれることだろう。

 計画を修正する必要はなさそうだ。


 ニナがハーランド王国の手に落ちたことで、今後の展開をナイジェル枢機卿も予想している。

 未だ好きに暗躍しているとはいえ、手数を増やすことで余計な腹は探られたくないはずだ。

 シルヴェスターとしては尻尾を掴みたいところだが、多くを望んだ結果、手が回らなくなるのは避けたかった。


「今までの流れからもナイジェル枢機卿が戦争を望んでいないのは確かなようだな」

「以前、ニナがおっしゃっていた通り、本気で戦争を望むなら、ハーランド王国へ入国したニナを襲ったほうが確実な火種になりますものね」


 しかしその手は取らなかった。

 泥沼の戦争は、彼の活動にも支障を来すからだと考えられる。


「我が国の動きは、奴にとっても望むところか」


 計画に織り込み済みだったと言われると、いいように扱われているようで腹が立つ。

 眉根が寄りそうになるのを止めてくれたのはクラウディアの温もりだった。

 膝の上で重ねられた手を握り返す。

 これだけで腹の底に生まれた澱が消えてなくなるのだから不思議だ。


「大きな動きは予想しやすいものですわ。でも、ニナがこうして協力的になることは、想定外だったはずです」


 国として取れる行動は限られる。

 けれどその中で歯車がどう動いているかまではナイジェル枢機卿もわからないと、クラウディアは微笑んだ。

 先ほどクラウディアが口にしたように、力を削いでいるのは確かで、動きを制限できているのもこちらの成果といえる。


「おかげ様で、わたくしも考えを改めさせられましたから。あなたたちが戦う限り、わたくしも戦うわ」


 ナイジェル枢機卿に対し消極的だったニナは、クラウディアの姿勢を見て方針を変えた。

 現実問題、ハーランド王国にとって利用価値がないなら処分される側面もあるが、気持ちが伴っているか否かで効率は段違いだ。

 こちらとしては有り難い限りである。


「我が国に対するパルテ王国民の反感が収まれば、次はベンディン家の断罪がはじまる。敵対勢力とは既に接触済みだ」

「あぁっ、わくわくするわね!」


 ニナは喜色を隠さない。

 ベンディン家の罪が明るみになれば、ニナは婚約者候補から外されるが、当人にとってはどうでもいいことだった。


「これでようやく婚約式の準備が進められる」

「と言いつつ、既にデザイナーを寄越しているではありませんか」


 先日、王家御用達のデザイナーと針子をリンジー公爵家へ送っていた。

 やっとという思いを込めて告げたからか、言葉と行動が伴っていないと、クラウディアに笑われる。

 くすくすと軽やかな声を漏らす姿に、自分でも目元が緩むのがわかった。

 計画を順序立てると、ニナによるプロパガンダ、ベンディン家への断罪、そして最後にクラウディアとの婚約式がくるが、実際には同時進行で動くことになる。

 パルテ王国内の根回しにも、婚約式の準備にも時間がかかるためだ。


 途端、甘くなった空気に、ニナは仲が良くてなによりだと肩をすくめた。

 まだ日が高いこともあって室内は明るい。

 クラウディアの表情も、ニナの表情もよく見えるせいか、シルヴェスターはニナがクラウディアに扮していたのが信じられなかった。

 二人とも所作は模範的で、体形も似通ってはいる。

 髪に緩やかなクセがあるところもそうだ。確かに共通項は他の人間より多いだろう。

 だからといって見間違えるかと問われれば、否と即答する。


(遠目なら状況次第で、と思わなくもないが……)


 それでもシルヴェスターは首を傾げざるをえなかった。


 ニナの出立前の会合は、和やかな雰囲気で終わった。

 廊下を歩きながらクラウディアの笑みを反芻していたからか、国王の執務室前まで来ても、いつもより体は強張っていなかった。


(かといって緊張しないのも問題だ)


 これから相まみえるのは、国の最高権力者である。

 最も尊き人であり、国民の敬愛と畏怖、そして責任を一身に背負う存在。

 職場において、血の繋がりは関係ない。

 毎朝、父親としてはどんなに忙しくとも家族との朝食に顔を出す。

 どこか歪んでいる自覚のある自分とは違い、情が篤く、真っ当な人だと思っている。


(あくまで父親としてはだが)


 ラウルのときは、父親の顔で背中を押され、国王の顔で結果を検められた。

 どこまでも実力主義で、国王としては誰に対しても「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」を地でいく人だ。

 現在シルヴェスターに与えられている権限も、失敗すればすぐに取り上げられる。王族に間違いは許されない。

 王族の代名詞である黄金の瞳は常に厳格で、相対する者には家族でも緊張を強いた。

 さながら王城のように。


(むしろ国王の姿が城に反映されているのか)



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