44.悪役令嬢は証言を得る
マリリンの店に到着すると、新しくなった店構えの可愛らしさに目が覚める。
ミント色を基調に枠組みにはダークブラウン、柱には白が使われているのだが、不思議と奇抜さは感じられない。
大きな窓から見える店内に重厚な暗褐色のカウンターが設置されているからだろうか。
外からでも落ち着いた雰囲気が察せられ、これなら男性客も入りやすいように思う。
調香にも使うハーブを用いたスワッグが壁に並ぶ光景は、マリリンのセンスの良さを窺わせた。
「これはクラウディア様、ようこそおいでくださいました!」
ぱぁっと周囲が華やぐ笑顔で迎えられる。艶やかなベージュの髪を後ろでまとめ、クラウディアとは真逆のタレ目が特徴的だった。
身長が高いのもあって黙っていると大人の女性という感じだが、一度口を開くと可愛らしさが前面に押し出される。
「お久しぶり。営業のほうはどうかしら? もう落ち着いていて?」
「おかげ様で通常営業に戻っております。本日は新しい香水をお求めですか?」
「オススメがあるなら試してみたいけれど、時間がありそうならお話を伺えるかしら?」
「はい、奥へどうぞ」
案内されるまま、新しくなった店奥へ進む。
公爵令嬢という身分もあって、クラウディアが店を訪れるときはカウンターではなく別室へ通されることが多い。そちらのほうが他の客の目を気にせず、ゆったり買い物できるからだ。
それとは別に気さくなマリリンの人柄もあって、クラウディアはつい長居しがちだった。
娼婦時代、調香が得意だったといっても、そこは素人。改めてプロの意見を訊ける時間は有意義だった。
(本来なら授業料を払わないといけないのに)
自分も調香について詳しく話せて嬉しいからとマリリンはお金を受け取らなかった。
通された部屋は広く、来客用のソファーやテーブルの他に、壁際には作業台が置かれていた。
素材が入れられているであろう薬棚の存在に目が輝く。
(いけない、本題を忘れてしまいそうだわ)
真新しくなったのもあって、つい目を奪われてしまう自分を律する。
お茶を用意してくれたマリリンが腰を下ろしたところで、クラウディアも居住まいを正した。
「予定も確認しないで急にごめんなさい」
「クラウディア様ならいつでも大歓迎です! お気になさらないでください」
「あまり楽しい話でもないのよ。思いだしたくないなら無理は言わないわ。お店が襲われた件で確認したいことがあるの」
久しぶりに顔を合わせた話題がこれでは気を悪くされても仕方ない。
クラウディアの都合でしかないのだが、マリリンは嫌な顔一つ見せなかった。
「ただの興味本位でクラウディア様がお訊ねになることはありませんから、わたしにお答えできることでしたら何なりと! 警ら隊にも散々聴取を受けましたから当日の行動はスラスラお話できますよ」
楽しそうに口を開けて笑うマリリンに救われる。
「ショックだったでしょう?」
「数日は塞ぎ込んでしまいましたが、クラウディア様をはじめ常連の方々の励ましで吹っ切れました。以前から使いにくいと思っていた部分も、これを機に直せましたし」
何度も同じことを警ら隊に話すうちに、こんなことで負けてられるかと気が奮い立ったという。
トラウマにはなっていないようで安心した。
「犯人はまだ捕まっていないのよね」
「はい、犯人に繋がるような証拠も出ていません。盗まれたものが換金された形跡もないようです」
これは貴族派の事件と同じだ。
「香水関係のものは無事だったと聞いているけれど、荒らされてはいたのかしら?」
「そうですね、店全体がひっくり返ったようでした」
「香水の配合について盗み見られた可能性はある?」
一番訊きたかったことを口にした瞬間、マリリンが目を見開いて動きを止める。
「あ、あります……! わたしも腑に落ちなかったんです!」
マリリン曰く、警ら隊から犯人は金目のものとわかるものしか盗んでいないため、香水に興味があったわけではないと聞かされたときに違和感を覚えたという。
奥の部屋も合わせて店全体が荒らされていたからだ。
そこには明らかに金目のものと関係ない、配合を記述したノートや書類などもあった。
盗みに入ったのなら、早く出たいものではないのか。
「犯人にとって必要のない場所まで荒らしているように思えて不思議だったんです。まさか香水の配合が真の目的だったんですか!?」
「情報を盗むのが目的なら、物取りは目眩ましだったのかもしれないわ。でもこれはわたくしの推測に過ぎないの」
とりあえず片っ端から荒らして金目のものを探したという警ら隊の見解もあり得る。
けれどマリリンは、クラウディアの推測を信じた。
「ご明察、恐れ入りました。警ら隊にも伝えておいたほうがいいでしょうか?」
「そうね、マリリンの直感も話しておいたほうが良いと思うわ」
「わかりました……あ!」
「どうかして?」
「直感で思いだしたんですけど、当日気になった香りがあったんです」
「香り?」
「すぐには何の香りかわからなくて……荒らされたせいで、埃っぽかったからかもしれませんし。
ただ最近、似た香りを嗅いだんです」
「何の香りでしたの?」
「調香に詳しいクラウディア様だから話せるんですけど、パルテ王国の方の体臭に近かったように感じました」
彼らの香りについてはルキとも話していた。娼婦には人気だったと。
(だいぶ前からパルテ王国民の客が増えたとも言っていたわね)
浮かんだ仮説に心臓が早鐘を打つ。
口を閉ざすクラウディアにマリリンは慌てて付け足した。
「あの、でも自信はないんです! わたしの勘違いかも」
「そうですわね、混乱もされていたでしょうから。でもわたくしはマリリンの嗅覚に間違いはないと思いますわ」
こと香りに関してはマリリンの右に出る者はいない。
「確証がない限り、このことはわたくしの胸にしまっておきますからご安心ください」
「はい、わたしもここだけの話にしておきます」
マリリンの判断に頷いて答える。
もしこれが事実で犯人の耳に入れば、マリリンに危険が及ぶかもしれなかった。
マリリンの店が荒くれ者の仕業ではなく、目的が香水の配合情報ならば真犯人の手勢である可能性が高い。
偽クラウディアを作り、裏で糸を引いている誰か。
パルテ王国の関係者というより、パルテ王国が動いている可能性もある。
(ニアミリア様も関わっておられるのかしら)
単に婚約者候補として擁立されただけなら、事情を知らないことも考えられる。
ただ裏で動いている者がいるにせよ、パルテ王国の目的がニアミリアを婚約者に据えることならば、一番の障壁はクラウディアに他ならなかった。




