20.悪役令嬢は王太子殿下に詰められる
しかしシルヴェスターの申し出は過分で、首を横に振る。
「シルヴェスター様の手を煩わせるわけには……」
「君の傍にいてあげられなかったんだ。せめて慰めさせてくれ」
シルヴェスターが眉尻を下げて請えば、どこからともなく黄色い声が上がった。
断れない状況に、心の中で溜息をつく。
(早くフェルミナを追いたいのに、シルヴェスター様の相手をしないといけないなんて)
仕方なくシルヴェスターの腕に手をかけて、エスコートされる。
案の定、乗り場へと続く列柱廊を進む歩みは、ゆっくりとしたものになった。
一定間隔を開けて警備の騎士が立っているが、その他の人影はなく、廊下を歩く二人の靴音が響く。
(もしかしてフェルミナとグルなんじゃないでしょうね)
シルヴェスターとフェルミナは今日が初対面だ。
あり得ないことだとわかりつつも、行動を邪魔されてうがった見方をしてしまう。
「フェルミナ嬢とは仲が良いように見えたが?」
「わたくしはそのつもりですが……フェルミナさんは違うようですの」
こうなればとことん自分に非がないことを訴えようと、クラウディアは再度涙ぐむ。
どうしてこんなことになったのか。
自分の何がいけなかったのかと、弱々しく口にする。
「シルヴェスター様はどうすれば良かったと――」
上目遣いでシルヴェスターを窺ったクラウディアは、そこで動きを止めた。
慰めさせてくれと同行を申し出たシルヴェスターが、いつもの穏やかな笑みを浮かべていたからだ。
微塵も、クラウディアを心配しているようには見えない。
「本心ではどう思っている?」
「え……」
「仲良くしたいなんて嘘だろう? 君は聖人ではないし、普通は愛人の子なんて憎悪の対象でしかない。それも相手が父親の愛情を一身に受けているとなれば尚更だ」
「わたくしは、そうは思いません。父の行動に問題はありますが、フェルミナさんには罪がないもの」
現状フェルミナにも思うところはあるが、愛人問題については父親が一番悪いと考えている。
生まれた子に罪はないのだ。
フェルミナも、クラウディアも、ヴァージルも。
だからこそ自分と兄を放置した父親を、クラウディアは許さない。
これは本心からの言葉だったけれど、シルヴェスターの反応は薄かった。
「ふーん」
「……シルヴェスター様は、わたくしがどう答えれば満足するのですか」
教えてくれれば、シルヴェスターが好むように振る舞う。
クラウディアはずっとそのヒントを探していたが、終ぞ見つからなかった。
「どう、と訊かれたら」
「っ!?」
ちょうど大きな柱の影に差し掛かったところだった。
柱が背になるよう追い込まれ、腕の中に閉じ込められる。
正面から向き合う形になった白磁の美貌に、クラウディアは息を飲んだ。
シルヴェスターはその反応を楽しみながら、クラウディアの黒髪を一房手に取ると、毛先に口付ける。
「私はクラウディアの本音が知りたい。隙なく取り繕われた本性を暴きたい」
黄金の瞳が細められる。
そこには欲望があり、獲物を狙う獣がいた。
(……やっと感情を見せたわね)
追い詰められながらも、シルヴェスターの仮面が剥がれたことで、かえってクラウディアには余裕が生まれた。
ずっとこれが知りたかった。
人形じゃない、シルヴェスターの人間の部分。
とっかかりさえ掴めれば、娼婦時代の経験が語りかけてくる。
「シルヴェスター様、女は秘密があってこそですわ」
艶やかな笑みで告げると、シルヴェスターは一瞬だけ動きを止め、次の瞬間には声を出して笑った。
「あははっ、そうこなくては! やっぱり君は面白いよ。泣いてる君よりずっといい!」
シルヴェスターの反応に、遂に正解を知る。
今までの胃が痛かった会話も、ここに帰結しているのかと。
(シルヴェスター様は、駆け引きを楽しみたいのね)
恋の、というほど甘いものではないだろうけれど。
彼は自分の思い通りにならないクラウディアを楽しんでいるのだ。
同年代のご令嬢と比べれば、クラウディアはさぞ特異に映ることだろう。
娼婦になり、果ては人生をやり直しているのだから当然だ。
(新しいおもちゃを見つけた気分かしら。加虐嗜好というよりは、支配欲? 手に入れる過程を楽しみたいのね)
それこそクラウディアの得意分野だった。
娼館のナンバーワンにまで上り詰めた手腕は伊達じゃない。
「お気に召して何よりです。そろそろ退いてくださらない? フェルミナを追いかけたいの」
「私より彼女のほうが大事なのか?」
咎めるような声音だが、その実クラウディアの行動を楽しんでいるのがわかる。
黒髪を弄ぶ指が、次は何をするのだと訊いていた。
「大事です」
何せクラウディアの人生がかかっている。
庭園では涙を見せたことで、一定の同情を集めることに成功したものの、それも万全じゃない。
クラウディアを蹴落としたい人間は、フェルミナ以外にもいるのだ。
お茶会での騒動は、そんな者にとって良いネタになるだろう。
これを機に、フェルミナに近付いてくるかもしれない。
敵同士で手を組まれでもしたら、面倒なことこの上なかった。
「それは妬けるな」
そう口にするなり、シルヴェスターはクラウディアの顔に影を落とす。