32.年上の婚約者候補は告白される
ヒューベルトからの手紙は二日後に届いた。
近況が綴られる中に、彼が感じ取った違和感についても記される。
文通を重ねるにつれ、それは大きさを増していった。
しまいには文面からでもヒューベルトの憔悴が読み取れるようになる。
心配が募ったところで、二人きりで会いたいと告げられた。悩んだものの彼を見捨てるようなことはできない。
友人と会うふりをして、個室のあるカフェで落ち合った。
「ヒューベルト、一体何があったの!?」
やつれた彼を見た途端、手紙にあった内容がただ事ではないと悟る。
「見苦しい姿をお見せしてすみません。ウェンディ様には、早くこの真実をお伝えしなければと思い……」
「謝らないで。食事は? ちゃんとお休みは取れているの?」
「それどころではない日々が続いていました。こうしてお会いできるのも最後かもしれません」
あまりのことに言葉が詰まる。
これが最後とは、ヒューベルトの身に何が起きているというのか。
「ウェンディ様を巻き込むつもりはありません。ただ、自分が失敗したときのために、真実だけはあなたに知っていてもらいたかったんです。正義は、こちらにあったと」
それからヒューベルトが語ったことは衝撃的過ぎて、すぐには信じられなかった。
「枢機卿が罷免されたのには、そんな裏があったなんて……」
「アラカネル連合王国を訪問されていた時期も一致します。間違いなく、枢機卿はリンジー公爵令嬢の思惑に気付いたんです」
「でも枢機卿が罷免された理由は、直属の部下の不祥事でしたわ」
ナイジェル枢機卿の部下である修道者が違法カジノを運営していた。その責任を取るため、彼はハーランド王国を去ったのだ。
「一見すると繋がりがないように思えますが、実は全て繋がっているんです。枢機卿の罪はあくまで監督責任だけであることはご存じですよね?」
違法カジノがナイジェル枢機卿の指示だったなら、部下たちが告発するはずだと言われて頷く。犯罪を犯すような者たちが義理を守るとは考えにくい。
「本来犯罪ギルドの人間でもない限り、違法カジノを運営するノウハウを持ち合わせていません。だというのに何故、修道者と違法カジノに繋がりができたのか」
「もしかして犯罪ギルドも関わっていたのですか?」
「ご明察の通りです。そしてこの犯罪ギルドは、リンジー公爵令嬢とも繋がっていると自分は考えます」
「そんな……」
「わかっています、信じられませんよね。自分も信じたくはありません。国を代表するような公爵令嬢が犯罪に関わっているなんて」
ヒューベルトにとっても耐えがたいことであるのは表情を見ればわかる。
(だからこんなにやつれるまで奔走されていたのね)
「きっとリンジー公爵令嬢は、犯罪ギルドに唆されたのでしょう。どれだけ公爵家が栄えていても、その財産は全て次期当主である兄上へと引き継がれます。リンジー公爵令嬢が自由にできるお金は多くありません、そこを衝かれたのだと思います」
そして引き返せないところまで来てしまった。
「自分が見つけた、アラカネル連合王国からの奴隷輸送。これも犯罪ギルドからの提案でしょう。けれど承認したのはリンジー公爵令嬢です。もう分別がつかなくなっていることは明白です。ウェンディ様、どうか上辺に騙されないでください」
ヒューベルトの懇願を断ることなどできなかった。
けれど胸の奥がチクチクと痛む。
(まだクラウディア様を信じたいと思うわたくしは愚かなのかしら)
こんな心を知られたら、きっと呆れられてしまう。
割り切れない自分を情けなく思っていると、にわかに店内が騒がしくなった。
どうやら警ら隊が来ているようだ。
ヒューベルトが顔を青くする。
「自分のことがバレたのかもしれません」
「どういうことですの?」
「相手は枢機卿を罷免できるほどの力を持っています。犯罪を暴こうと嗅ぎ回っている自分のことに気付いても不思議ではありません。ウェンディ様、今日ここにいることを知っている者は?」
「侍女なら……でもヒューベルトのことは話していません!」
「隠してくださったのですね、ありがとうございます。でも今後は侍女も警戒したほうがいいでしょう。ほかでもない、あなたを守るためです」
自分はこれで失礼します、とヒューベルトが席を立つ。
「またお会いできますわよね?」
「やめておきましょう。自分はウェンディ様を巻き込みたくありません」
「わたくしに、あなたを見捨てろとおっしゃるの!?」
一瞬、涙を堪えるヒューベルトの表情をウェンディは見逃さなかった。
(こんなに弱ってらっしゃるのに)
躊躇う素振りを見せたあと、ヒューベルトが床へ片膝を突く。
それは騎士が忠誠を誓う姿を連想させた。
ウェンディの手の甲へ口付けが落とされる。
「平民の自分が、持つべき感情でないことは重々承知しています。けれど……もう気持ちを隠せません。ウェンディ様、自分は、あなたをお慕いしています」
突然の告白だった。
何故このタイミングなのかは考えるまでもない。
彼はこれを最後の別れにするつもりなのだ。




