27.悪役令嬢は勘を取り戻す
「ふむ、仮面を着けていても我が君を超える方はおられませんね」
明るい場所で改めて装いを見られたからか、レステーアは綺麗な笑みを浮かべ、仮面越しでもわかる熱視線をクラウディアへ向けた。
「ありがとう、黒髪のあなたも素敵よ」
お世辞ではなく、レステーアはハーランド王国で好まれる衣装もよく似合っていた。
貴公子は着る服を選ばないらしい。
黒髪にえんじ色のスーツが、レステーアの我の強さを引き立てる。
「我が君と同じ色を持てて光栄です」
「あなたが合わせたのでしょうに」
衣装を決める際、色々と注文を付けていたのを知っている。
赤髪にカラス色のドレス。
クラウディアとレステーアの装いは対になっていた。
ヘレンとブライアンはそのまま着飾っただけだか、クラウディアたちは変装も兼ねているためウィッグで髪色を変えている。
クラウディアに至っては血のように真っ赤な口紅が馴染む化粧にしてあった。
口元以外は仮面で隠れるとしても念には念を入れる。
(侍女たちの技術には目を見張るわ)
どんな要望でも応えられるよう、常日頃からの研鑽を彼女たちは惜しまない。
露出は控えているものの、夜会に合わせたドレスはクラウディアに娼婦時代を思いださせる。
しかしそれは自分だけで、妖艶さが際立つクラウディアとは対照的に、ヘレンは閉ざされた空間にあっても木漏れ日のようだった。
黄色のドレスには純白のレースが施され、光沢のある生地が光の帯を見せる。
目が合い、照れた表情を見せられると、ブライアンでなくても抱きしめたくなった。
隣に立つブライアンはずっとヘレンに釘付けだ。
(こんな調子で大丈夫かしら?)
と思ったところで、ヘレンがエスコートを促す。
心配は杞憂のようである。
ブライアンが商人中心に聞き込みをおこなうので、クラウディアは貴族――サスリール辺境伯の子息を狙う。
(王都のパーティーで二、三回踊ったことがあるけれど)
基本的にサスリール辺境伯は領地に留まっていることが多く、王都に赴くのは年に一回あるかないかだ。
子息のドレスティンも学園に通う間は王都で生活していたが、卒業してからは辺境伯家の慣例に従い領地に帰っていた。
(他は面識のない方ばかりね)
今は社交界シーズンだ。主要な貴族はみな王都に集まっている。
にもかかわらず辺境に留まっている貴族といえば、自ずと領地を持たない下級貴族だったり辺境伯の縁者になる。
貴族以外に商人が多く招待されていることからも、招待客の顔ぶれがクラウディアと馴染みのないことは察せられた。
(王族派の方がいたら眉をひそめそうだわ)
言わずもがな、サスリール辺境伯は貴族派である。
今回招待されているのも新興貴族であることが窺えた。
「名乗る必要がないのは助かります」
「名乗ったら仮面を着けている意味がないもの」
仮面舞踏会は匿名性を楽しむ性質上、身分を隠したままおこなわれる。
呼び合うときは適当な愛称を使った。
「しかし我が君はどこにいても視線を集めますね」
おかげで不躾な者の目を潰したくなります、と物騒なことを言いながらレステーアは笑みを浮かべる。
「今更気にすることでもないでしょうに」
胸やお尻に無遠慮な視線が向けられるのは、王都のパーティーでも変わらない。
決して気分が良いものではないけれど、それは魅力の証明でもあった。
(辺境伯の子息――ドレスティン様も確か同じ部類だったわね)
女性と心を通わすより、体に重きを置くタイプだ。
溜息をつきたくなるのをぐっと堪えて、しなを作る。
どういう仕草が男性の目を引くのかクラウディアは熟知していた。
レステーアのエスコートでソファーへ座り、足を組む。
隣で恭しくレステーアが傅けば、二人の関係性は自然と周囲に広まった。
男を手玉に取ることに慣れた女王様とその下僕。
レステーアのおかげで演技するまでもなく容易に設定が作れる。
性欲が刺激されれば相手の性格などドレスティンは気にしない。
(やりやすいのは助かるけれど)
ハニートラップの良い餌食だ。
今、正におこなおうとしているクラウディアが言えた義理ではないが。
ドレスと合わせた漆黒の扇をたおやかに揺らしながら視線を巡らせる。
目的の人はすぐに見つかった。




