20.暗殺者は軽やかにステップを踏む
夜の繁華街は人でごった返していた。
付近で未解決事件があったことなど、誰も気にしていない。
相変わらずフードで顔を隠したまま、ルキは器用に人混みをすり抜けていく。
先日、犯罪ギルド「ローズガーデン」のトップであるローズから命令が下った。
そのときの光景が脳裏に蘇ると頬が緩む。
(命令っつーより、依頼だったなアレは)
実際の運営はベゼルがやっているにしても、ローズがいなければ今頃どうなっていたかわからない。助けられた恩を忘れるほど、構成員たちもバカではなかった。
好きに構成員を使えるにもかかわらず、ベゼルとルキを前にしたローズは相談を持ちかけてきた。
「娼館の帰り、貴族が強盗殺人にあった事件は知っているか?」
男装の麗人ローズとなったクラウディアは口調も変える。
たまに義母兄であるアラカネル連合王国の王太子スラフィムの影武者を務めるルキは、その違和感のなさに舌を巻いた。
(作ってる感じがまるでねぇんだよな)
完璧な淑女としてのクラウディアも知っているだけに驚きだった。
「ああ、警ら隊が手を焼いてる事件だな。ウチにも聞き込みがあった」
ベゼルが顎に手を置きながら答える。
最初は謙っていたベゼルだったが無理をしているのがバレて、今では素で対応している。
「気になるのか?」
「事件の背景が知りたい。ただの通り魔なら、それはそれでいいのだが」
「ふむ、警ら隊が追えてねぇってことは、何か普通とは違うことがあるんだな」
物取りは大抵、盗んだものを換金することで足がつく。
闇取引はもちろん存在するが、警ら隊だって怪しい場所は目を光らせていた。
独自に盗品を捌けるルートを持っている奴がおこなう犯行は計画的だ。
果たして事件は衝動的だったのか、計画的だったのか。
ローズが気になっているのは計画的だった場合の被害者貴族の事情だろう。
「警ら隊より君たちのほうが裏事情に詳しい。君たちの視点から、気付くことはないだろうか?」
「今まで気にしてこなかったからなぁ。ルキは何かあるか?」
「いんや。ローズの姉御が気になるって言うなら、おれらで調べればいいんじゃね?」
頼めるか、と訊いてくるローズにルキは噴き出しそうになった。
「任せとけ。国の管理下に置かれたとはいえ、元はおれらの縄張りだったところだ」
公娼が設立され、娼館は犯罪ギルドの手から離れた。けれどつい最近まで仕切っていたのは自分たちだ。働いている娼婦の顔ぶれも変わっていない。
「では、頼む。危険を察知したときは、すぐに手を引いてもらって構わない」
「りょーかい」
ニヤつく顔を隠せないままローズを見送る。
ベゼルはポーカーフェースを保っていたが、心境は同じようだった。
つるりとしたスキンヘッドを幾度となく撫でている。
「何だかくすぐってぇなぁ」
「でも悪くないだろ」
「ああ、悪くない」
空気の滞った地下室でニヤリと笑い合う。
ナイジェル枢機卿の支配下にあったとき、命令は問答無用だった。
しかも内容に至っては慈悲のかけらもない始末だ。一体、何人の構成員が犠牲になったことか。
それがローズに代わってから、こうだ。
「頼めるか? だもんなぁ」
こちらに選択権があるかのような口振りだった。いや、実際にあるのだろう。
社会からも決め付けられるのが当たり前なルキたちにとっては耳を疑うような言葉だった。
思いだしただけで笑みがこぼれる。
(姉御に任せて良かった)
あれから構成員は一人として欠けていない。
「さて、とりあえず姉さんたちと話してみるか」
娼婦には警ら隊も聞き込みをおこなっているだろうが、素直に客の情報を渡すようでは商売が成り立たない。どこも客からの信用が第一だ。
だが相手がルキなら、身内意識から口が軽くなりやすかった。
娼館へ足を向けたところで慌ただしい空気を感じ、振り返る。
「ルキっ、トーヤがヤラれた! 一つ向こうにある通りの酒場だ!」
「あぁ?」
構成員がならず者に倒されたと聞き、黒いマントを翻して現場へ向かう。
現場の酒場からは客が引き、すぐに件のならず者たちを見つけることができた。
店を占領し、調子良く酒をあおっている。
「トーヤは回収済みだ。幸い、まだしぶとく生きてるよ」
「生命力があいつの取り柄だからな」
仲間の無事を確認したところで、ルキは相手の観察に集中する。暗殺業をする上で事前調査の重要性は身に沁みていた。
酒場にはローズガーデンの構成員が集まってきていたが、全員がルキのサポートに回る。それだけルキの力は信頼されていた。
(四人組か。素人じゃねぇな)
無駄に周囲を威圧する姿に、自分たちと通ずるものを感じる。
ケンカ慣れした大柄な見てくれに、極めつきは体にあるタトゥーだった。
腕のどこかしらに全員同じ模様が入っているのを見て、よその構成員だと確信する。
犯罪ギルドは所属を証明するためにタトゥーを用いることが多い。
ローズガーデンにその決まりはないが、それでも最近はバラのタトゥーを入れる構成員が増えている。構成員にとってタトゥーは誇りでもあった。
貴族が掲げる家の紋章と認識は近い。
組織を統轄する側としては、タトゥーを入れることでより構成員としての自覚が生まれ、結束力も高まるため活用しない理由がないのだ。
(欠点はこうして身元がバレやすいことだな)
だがそれも逆に作用する場合がある。
船乗りたちが海難事故で身元が判別できない遺体になった場合に備え、目立つタトゥーを入れるように。
犯罪ギルドの構成員の死に様など悲惨なものだ。
陸上であっても身元がわからなくなることはままあった。
(しかしよその構成員か。抗争目的か、ただのバカのどっちだ)
横の繋がりがない犯罪ギルドでも、暗黙の了解は存在する。
一番が、よその縄張りを荒らさないことだ。荒らすときは抗争ありきと考えられる。
だがいかんせん下っ端になればなるほど、それを無視するバカもいた。
なまじっか所属する犯罪ギルドに誇りを持っていると、自分たちが一番強いという幻想を抱いてしまうのだ。
(自分の縄張りにいる間は問題ないけどよ)
一歩外へ出れば、それが火種になる。
相手は前者か後者か。
(大方、どっかのバカだろうな)
ローズガーデンが発足して一年。
まだ真新しい名前だが、その組織図は前組織ドラグーンと変わらない。
依然として王都を中心に周辺地域の裏社会を牛耳っていることは、警ら隊をはじめ他の組織も知っている。
一大勢力であるローズガーデンにケンカを売ろうという組織はそうそういない。
いたらいたで好戦的な組織があると情報が入ってくるものだ。
現在そういった動きは見られなかった。
(トーヤをヤるぐらいだ。力じゃ勝てねぇか)
酒場の用心棒を務めるトーヤは、構成員の中でも力自慢だった。
それを倒した力量は認めざるを得ない。
だからといって、やりようがないわけでもなかった。
「王都のヤツらも大したことねぇなぁ!」
「そうかよ」
がはは、という男の笑い声が届いたときには、床に転がっていた空の酒瓶を手にしていた。
突如現れた存在に緊張が走るよりも早く。
ルキの手にあった酒瓶の破片がキラキラと宙を舞う。
手前に座っていた男の後頭部を殴りつけるなり、ルキは破片が残る男の髪を鷲掴みにした。