17.悪役令嬢は侍女と心を通わせる
シルヴェスターの公務先である王家直轄領に着いたのは、星が瞬く夜だった。
近年、貴族から返還される形で王家が治めることになったこの領地は、クラウディアの目的地であるサスリール辺境伯領と隣接していた。
爵位と共に領地を返還した貴族の名前は、ホスキンス伯爵。ヘレンの生家である。
クラウディアはここでシルヴェスターと別行動になる予定だが、サスリール辺境伯領へ行く前に休息のため寄ることとなった。
滞在先は元ホスキンス伯爵の屋敷だ。
クラウディアのために部屋を整えながらヘレンがぽつりと零す。
「殿下の公務は、新たな王家直轄領の視察だったんですね」
「ええ、だけど実際はパルテ王国から送られてくる情報をいち早く受け取り、現地で動いている者たちに指示を出すのが目的よ」
王都にいては、情報が届くまでにどうしても時間がかかってしまう。
シルヴェスターとしては最前線であるサスリール辺境伯領に留まりたいところだが、貴族制度が邪魔をした。
貴族は領地での王家の介入を嫌う。
どんな理由であれ自分の働きが信用されていないと感じ、不信感を抱くのだ。
信頼関係を重視すれば、王家といえども強くは出られない。
そのため目眩まし用の公務が必要だった。といっても公務に変わりはなく、こちらも正式におこなわれる。
一応公務の最後には、シルヴェスターもサスリール辺境伯に挨拶する予定だ。
「こうしてまた領地を訪れられるとは思いませんでした。いえ、元領地ですね」
ベッドメーキングを終えたヘレンが窓へ顔を向ける。
真っ暗な外は、どれだけ目を凝らしても何も映さない。
でもヘレンにはありし日の光景が見えているようだった。
クラウディアは、そんな彼女の横顔を静かに見守る。
屋敷では、元ホスキンス伯爵の使用人たちがそのまま起用されていた。
彼らはヘレンのことを覚えていて、思いがけない再会に涙を流して喜んだ。
「もう忘れられていると思っていたので驚きました」
「みんなヘレンのことが好きだったのね」
ヘレンの性格を考えれば納得だ。きっと領地でも使用人に優しかったのだろう。
そしてそれはヘレンだけじゃなく。
元ホスキンス伯爵家の人々が爵位を失っても幸せに暮らしていると知った使用人たちは、心から安堵していた。
「元ホスキンス伯爵の統治は、領民にとても愛されていたのね」
「そう思っていただけますか?」
「でなければ、ヘレンの姿に目を潤ませたりしないわ」
元ホスキンス伯爵は資金繰りに困り、爵位を返上するに至った。
実入りの少ない領地運営に詰まったからだが、だからといって領民に過度な税を課すこともなかったのである。
切り盛りする才がなかっただけで、悪政をおこなっていたわけではない。
領地返上時の聞き取りでも、領主に対する評価は悪くなかったとシルヴェスターは言っていた。
「っ……父も、聞いたら喜ぶと思います」
「ええ、帰ったらたくさん話してあげて」
言葉を詰まらせるヘレンを抱き締める。震える背中を撫でると嗚咽が聞こえた。
――最初は滞在するか悩んだ。
移動手段である馬のために休息は必要だとしてもヘレンが嫌がると思ったからだ。クラウディアが消極的に提案すると、むしろヘレンは行きたがった。
王家を信用していないわけではないけれど、領民たちが不自由なく暮らせている様子を自分の目で確かめたいと言われればクラウディアに否はない。
明日、朝の時間だけではあるもののヘレンと近場を見て回る予定だ。
「案内は任せるわね」
「はい、クラウディア様にご覧に入れたい景色があるんです」
「まぁ、それは楽しみだわ」
「特別なものではないので、あまり期待しないでください」
「でもヘレンにとっては思い入れのある景色なのでしょう? だったらわたくしにとっても特別だわ」
娯楽を求めて滞在しているのではないのだ。
ヘレンと気持ちを共有できるほうが、クラウディアにとっては何より大事だった。




