16.悪役令嬢は王太子殿下と問題に立ち向かう
空高くある太陽が、地面に馬の影を描く。
揺れる馬車の中には二人の高貴な男女がいた。
「こうしてシルと王都を離れることになるとは思いませんでしたわ」
「表向き、ディアはここにおらぬがな」
馬車には王家の紋章が施され、周囲は馬に乗った騎士たちによって固められている。
クラウディアはお忍びで、公務へ出掛けるシルヴェスターに便乗していた。
地位にとらわれず自由に動くためには身分を隠すしかなく、クラウディアが王都を出たことは秘匿されている。
自由への対価として危険度は増すけれど、できる安全対策は全てとっていた。
二人の目的は、等しく情報収集だ。
途中で別れることになるが、各々でパルテ王国との戦争回避に向けた情報を集める予定だった。
といってもクラウディアのほうは知見を広める意味合いが強く、表立って活動するわけではない。
「王都の事件についてはルキに任せたのか」
「ええ、蛇の道は蛇。彼らのほうが荒事には詳しいですから」
王都の事件とは、娼館帰りに貴族が強盗殺人に遭った件だ。
被害者は貴族派で、ウェンディは犯罪ギルドを使った襲撃事件だと言い、黒幕はクラウディアだと糾弾した。
何故そのような言いがかりをつけられたのかはわからない。
けれどウェンディが根拠を持って動いているのは確かだった。
彼女の発言に事実も含まれているとなれば検証する余地はある。
「新しい犯罪ギルドの発足、そのトップがわたくしであることは事実です。だからといってウェンディ様が持っている情報が全て正しいとは限りませんけれど」
現に襲撃事件の黒幕がクラウディアだという部分は完全な言いがかりだ。
それで見過ごしそうになるが、犯罪ギルドを使ったという点は否定しきれない。
よその犯罪ギルドが動いた可能性はあり、警ら隊ではその線を追うのが難しかった。
「ルキの働きに期待か」
「本人はとても乗り気でしたわ」
誰かから命令されるのは嫌がりそうなのに、予想に反してルキは快諾した。
彼に任せても何もわからなかったら、クラウディアとしては諦めるしかない。
「ウェンディ嬢がどこから情報を得たのか知りたいところだな」
「請うても教えてはいただけないでしょうね……」
アラカネル連合王国との結託については、クラウディアの商館が現地にあることから、いくらでも邪推できる。
だが犯罪ギルドとの繋がりだけは令嬢の想像の域から逸脱していた。
「彼女の周辺を洗わせてはいるが、核心に迫るには時間がかかる」
調べているのを勘付かれたら情報源に逃げられるため、捜査は慎重を期した。
「こうも立て続けに問題が起こると天を仰ぎたくなりますわね」
きまぐれな神様に試されているのか。
どちらかというと脱力したい気分のほうが勝っているけれど。
「ウェンディ嬢の件は無視もできるが、王族派であるトーマス伯爵が関わっているとなると厄介だからな」
リンジー公爵家は中立だが、クラウディア自身はパーティーで王族派に囲まれている。
それでもトーマス伯爵はクラウディアが気に入らないらしい。
「ニアミリア嬢のことは、トーマス伯爵からウェンディ嬢へ情報が流れたのだろう」
あの場で新たな婚約者候補について知る者は限られる。
反対派は認めたくない故に口を噤むが、賛成派は逆に緩くなるものだ。
「トーマス伯爵は貴族派と手を結ぶでしょうか?」
「リンジー公爵家の権力を削ぐためなら、その一点においてだけ手を結ぶかもしれぬ。下手をするとパルテ王国ともな」
「パルテ王国ともですか?」
「あの老獪のことだ、ディアとニアミリア嬢が潰し合って、ルイーゼ嬢が婚約者におさまることを狙っていても不思議ではない」
パルテ王国のことを、所詮は小国と侮っている節があるという。
「ニアミリア嬢が邪魔になれば、戦争になったとしても潰せると楽観視しているのだ。被害者が出ることを一切考えておらぬ」
「ご自身の領地に関すること以外は他人事ですのね」
トーマス伯爵家の領地は国境から離れた中部に位置するため危機意識がないのだろう。
「戦争に対する志では、我が国の貴族よりパルテ王国民のほうが高いかもしれぬな」
貴族全員がトーマス伯爵と同じ考えではない。
しかし平和が続いているハーランド王国では、戦争を自分のことのように考える意識が低くなっている現実があった。
クラウディアも本で読んだ知識しかない。
だから今回、パルテ王国との国境があるサスリール辺境伯領を訪ねることにしたのだ。
「ディア、視察が有意義なものになることを私も願うが、くれぐれも無理はしないでくれ」
「心得ております。お兄様からも散々言われましたわ」
戦争という二文字がちらついている以上、パルテ王国へ対しては警戒レベルが上がる。
それでもまだ外交段階にあり、パルテ王国の軍は動いていない。
クラウディアが滞在する予定の町から国境までにはいくつもの砦があり、仮に戦線が開かれたとしても、すぐに脅威が迫ることはなかった。
現場を見て経験を積むという意味では、今が絶好の機会でもあった。
「少しでも危険を察したら帰ります。それに同行している者たちが滞在を許さないでしょう」
この馬車には二人だけだが、周りを囲む護衛騎士たちの後ろにも馬車が連なっていた。
ちなみにいつも通りシルヴェスターにはトリスタンが同行しているのだが、途中までクラウディアが同乗すると決まった結果、後続の馬車へ移動させられた。
「だといいのだがな。ディアに強く言われると、拒める者がいなさそうなのが考えものだ」
「逆を言うなら、同行者を危険に晒してまで無理はしませんわ」
「なるほど、そちらのほうが納得できるな」
「わたくし無茶をした覚えはないのですけれど?」
「その通りだが、君は行動力があるからどうしても釘を刺したくなる。今、サスリール辺境伯領を視察しようと考える令嬢は君ぐらいなものだろう?」
「今だからこそ得られるものがあると思うのです」
平時では意味がない。
緊張を強いられる空気があるからこそ、クラウディアは視察を決めたのだった。
「ディアの言い分はわかる。私も良い機会だと思うしな」
ハーランド王国内においては脅威がないことをシルヴェスターも理解していた。
経験を積むという意味では、いつもと違う状況が重要になる。
「だからといって心配はなくならない」
そっと手を握られる。
花に触れるような優しい力加減に、いつもはキツい目尻が下がった。
「ふふ、心配はお互い様ですわね。シルも無理はしないでくださいませ」
クラウディアも手を握り返す。
伝わってくる体温は、お互いを鼓舞するようでもあった。




