10.悪役令嬢は事態と向き合う
「言い分はわからないでもない。だから毎年使節団と協議し、支援や優遇措置をおこなってきた。そうして今まで均衡を保ってきたのだ」
「バーリ王国が不満の対象から外れたのは、紛争地帯と面しているからかしら?」
立場的には、バーリ王国もハーランド王国と大差はない。
バーリ王国もパルテ王国を支援する代わりに、紛争地帯へは傭兵を派遣してもらっている。
けれど立地上、完全にパルテ王国が蓋をしているわけでもなかった。
「その可能性は否めぬ。だが正直なところ、パルテ王国民の中でどういう判断がくだされているのかはわかっていない」
貴族制度のある国では、貴族が一つの大きな単位になる。
貴族一人につき、領民十万人――この数値は領地の規模で変わる――の意見をまとめているといった具合に。
対するパルテ王国ではその単位が通用せず、有力家族は民衆の意見をまとめているわけではない。
有力家族の意見に民衆が賛同しているに過ぎないのだ。
そこから民衆の意見を見出すのは難しい。
「今わかっているのは、パルテ王国民が我が国に否を突き付けたことだけだ」
特に今回の件ではパルテ王国民の「否」に、王家を含め、有力家族が頷くしかない状況になっている。
「使節団はニアミリア嬢を私の婚約者とすることで国民感情を抑え、戦争を回避するよう訴えてきた」
「国が親戚関係になれば虐げられているという認識が薄れるからですわね」
シルヴェスターは婚約者という言葉を使ったが、それは即ち王太子妃になるということだ。
パルテ王国内で治まりがつかない以上、解決策の一つとしては理解できる。
「問題はパルテ王国の姿勢が強固なところにある。ニアミリア嬢が婚約者にならないなら、戦争は不可避だと言ってきた」
「ですが戦争をしたところで、パルテ王国に勝ち目はないでしょう?」
戦士一人一人のポテンシャルや戦術が優れていても、国の規模が違い過ぎる。
兵力で考えればハーランド王国のほうが数倍上なのだ。
これは誰の目にも明らかだった。
「そして我が国も得をせぬ」
戦争は、戦略が失敗した最後の手段とされる。
何故なら戦争を起こす時点で少なくない損失を被ることになるからだ。
必要になる武器などの物資、そして一番の痛手は働き手が兵士として徴集されることだった。ハーランド王国には職業軍人も存在するが、彼らだけで戦争ができるほどではない。
今回の件でいえは、辺境伯領を筆頭に周辺地域から領民が兵として集められるだろう。働き手の数が減れば、必然的に経済活動は停滞する。
本来なら敗戦国にその負債を負わすのだが、パルテ王国に十分な返済能力があるとは考えられない。
加えて、国民の気質が他国と大きく異なっていた。
「パルテ王国民は戦士として、最後の一人になっても戦いを止めぬだろう」
勝敗が決まったところで関係ないのだ。
元々負けが見えている戦いすら辞さないと主張しているのだから。
ハーランド王国はパルテ王国民を根絶やしにしない限り、安心してパルテ王国領土を回収することもままならない。
また紛争地帯からも勢力が伸びてくるのは目に見えていた。
もし戦争となれば、互いに損をするだけの戦となる。
自分でも眉間にシワが寄っていることがわかったのか、シルヴェスターが親指で眉根を揉む。
そして改めてクラウディアの青い瞳を見つめると言い切った。
「私がニアミリア嬢と婚約する未来はない。パルテ王国との戦争もだ」
シルヴェスターは揺るぎなかった。
黄金の瞳の力強さに、心臓を掴まれる。
「何としても方法を探す。そのためには一旦、婚約者候補とすることで時間を稼ぐ必要がある」
これはシルヴェスターに限ったことではなく、父親を含めた反対派の意見だという。
悪い言い方をすれば問題の先延ばしだが、こうでもしない限り今にも戦争の幕が切って落とされるのだ。
「ことが決するまで、不安にさせるし心配もかけるだろう。だが私を信じて待っていてほしい」
「わかりましたわ。わたくしにできることがあれば、何でもおっしゃってくださいませ」
一人で戦う必要はありません、そう言って微笑めばキスで応えられた。
「ありがとう」
優しい笑みに、その場で蕩けそうになる。
けれどクラウディアもうかうかしていられない。
ニアミリアとの交流を目的とするお茶会が後日に控えていた。
(わたくしも情報を集めましょう)
自分なりのやり方で。
予想外の出来事に焦る心は、シルヴェスターが消してくれた。
クラウディアも一人ではないのだ。
(大丈夫、シルと二人なら乗り越えられるわ)
窓から見えた夕日は、すっかり姿を消していた。




