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06.悪役令嬢は糾弾される

 頭を振り、ウェンディは結ってまとめたスミレ色の髪を大きく揺らす。


「この悪女を信用してはなりません! あ、あろうことか、クラウディア様は、口に出すのもおぞましいことを計画されております!」


 時折言葉を詰まらせながらもウェンディの訴えは止まらない。

 胸にあるスミレのブローチだけが平静を保っている。


「殿下は新しく誕生した犯罪ギルドをご存じですか? く、クラウディア様は、それを牛耳っておられるのです! 更にはアラカネル連合王国とも結託しております! そして手に入れた商館を使い……あぁ、この先は恐ろしくて言葉にできませんっ」


 そう口にするウェンディは、顔を青ざめさせ、口元に手を当てる。

 目が潤んでいることからも、なけなしの勇気を振り絞ってシルヴェスターへ直談判しているのが窺えた。


「わかった、話を聞こう。私がいるのだ、慌てる必要も恐れる必要もない」


 異常な事態を前にしても、シルヴェスターの口調は穏やかだ。


(いえ、こういうときだからでしょうね)


 威圧的に接するよりも親身に対応したほうが良いと判断したのだろう。クラウディアとしても、言いがかりには怒りより戸惑いが勝っていた。

 まずはその考えに至った理由を知りたいと思う。

 シルヴェスターに自分の言葉を否定されなかったことで、見るからにウェンディはほっとした。しかし水を差す者が現れる。


「これは何ということでしょう! ウェンディ嬢の言葉が事実であれば、クラウディア嬢は婚約者候補の立場を利用しているに違いありません! ましてや他国と手を組むなど、利敵行為ではありませんか!」

「トーマス伯爵、まだ事実確認が済んでいない状況での発言は気を付けられよ」

「おぉ、失礼いたしました。少しでもウェンディ嬢の不安を取り除いて差し上げたかったまででございます」


 肩まであるブロンドの髪をカールさせたトーマス伯爵は、シルヴェスターへ慇懃に頭を下げる。

 かといってクラウディアに謝罪する気はないようで、視線はウェンディとシルヴェスターに固定されていた。


(トーマス伯爵家は王族派だったわね)


 ここまであからさまな態度を取られれば、リンジー公爵家をよく思っていないのがわかる。

 王族派、貴族派の中立に位置するリンジー公爵家だが、中立ゆえに敵対視する家も少なくなかった。トーマス伯爵は今年で還暦を迎える王族派の重鎮の一人だ。

 そんな人が自分の孫ほどの年齢である令嬢の言葉に便乗するのだから、クラウディアは天井を仰ぎたくなった。


(ある意味、立場を表明してくださるのはわかりやすくていいけれど)


 敵、味方の判別がつくほうが動きやすい。

 黙っていれば相手をつけ上がらせるだけだと判断し、クラウディアも口を開く。


「トーマス伯爵のお言葉は、わたくしにも向けられたものと考えてよろしいのかしら?」


 暗に失礼な態度を指摘したわけだが、トーマス伯爵も年季が入っているだけあって難なくかわす。


「もちろんですとも。完璧な淑女と名高いクラウディア嬢ならば、儂の心配も酌んでもらえるでしょう」


 目は口ほどにものを言う。

 言葉とは裏腹に、トーマス伯爵の目には侮蔑が浮かんでいた。


(小娘がいい気になるな、といったところかしら)


「あくまでウェンディ様を心配なさってのことでしたら、わたくしもこれ以上言うことはありませんわ」


 心配しているのはわたくしも一緒ですもの、と表情を曇らせてウェンディと向き合う。

 シルヴェスターに任せることもできたけれど、後ろ暗いことは何もないと周囲に見せる必要があった。

 クラウディアが堂々とした態度でいれば、平静さを欠いたウェンディの粗が目立つ。


「何か誤解があるように存じます。場所を替えてゆっくりお話しするのはいかがかしら?」

「わ、わたくしは知っているのです。あなたの恐ろしさを!」

「お話しするのも難しいということかしら? ウェンディ様がおっしゃったことは全て説明がつきますわ。何せシルヴェスター様もご存じのことですから」

「犯罪ギルドを使った、先の貴族派襲撃の事件についてもですか!?」

「そこから誤解を解いていく必要がありそうですわね」


 確かにクラウディアはローズとして、犯罪ギルド「ローズガーデン」を率いている。

 だがこの件は秘匿されており、王族派や貴族派の重鎮さえも知らないはずだ。


(ウェンディ様はどこでそれを耳にしたのかしら?)


 とはいえ貴族派襲撃――娼館の帰りに貴族が強盗殺人に遭った件については、全くの無関係である。


(被害者が貴族派だったことで、誰かから何か吹き込まれたの?)


 そうとしか考えられないが、点と点が上手く結びつかない。

 どうやってウェンディは、犯罪ギルドと事件を結びつけたのか。

 第一、貴族の令嬢が新興の犯罪ギルドについて知っているのがおかしかった。

 警ら隊以外でそのことが話題に上がるのは、貧民街など平民の中でも限られた場所だ。

 疑問は尽きない。

 そこへ更なる爆弾が投下される。


「本当に誤解でしょうか? 殿下も疑っておられるから、新しい婚約者候補にニアミリア様をお招きになられたのではなくて!?」


 初耳だった。

 クラウディアに限らず、ルイーゼやシャーロット、ラウルたちもシルヴェスターを見る。

 シルヴェスターは穏やかな表情を崩さない。


「ウェンディ嬢、不確かなことを口にするのは勧められた行為ではない」

「もう決定していると伺っております。でなければニアミリア嬢が使節団に同行なさる理由がありませんもの!」


 真意はどうなのかと、聞き耳を立てていた人々はニアミリアへ視線を集中させた。

 急に話題を振られたニアミリアは濃紺の瞳を瞬かせる。

 ふいを衝かれた表情には愛嬌があったものの、発せられた彼女の言葉が決定打になった。


「わたくしは元よりシルヴェスター殿下の婚約者になるため、ここにおりますけれど?」

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