50.連合王国の王子は弟に蹴られる
「やーい、振られてやんの」
「聞いてたんですか」
地下への入口前で弟の姿を見る。
ルキはいつもの黒装束姿でイタズラな笑みを浮かべていた。
クラウディアを味方にできたからか、今にも鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌だ。
ナイジェル枢機卿の脅威は去ったものの、ルキは相変わらずフードを被ったままだった。
彼にとって顔は昔から隠すものだったという。
整い過ぎているのが面倒だと言われたときは反応に困った。
スラフィムとしては、顔を隠すことなく生活して欲しいと思う。
挨拶をしようと足を向けていたところに現れてくれるのは都合が良かったけれど、ばつは悪い。
「カッコ悪いところを見られましたね」
「クラウディア嬢はシルヴェスター殿下と結婚すんだろ?」
「そうですね」
「おまえに間男は似合わないと思うぞ」
「そういう風に見えましたか?」
「いんや」
ルキは異母兄弟だ。
双子ではないが、思考は似ていた。
クラウディアへ向ける感情も、大して違わないように感じられる。
「彼女となら、今後も教会と戦えそうですから」
「おまえの野望だもんな。教会が憎いわけじゃねぇんだろ?」
「ええ、連合王国が勢力を伸ばすのに邪魔なだけです」
「自分勝手な理由だと、クラウディア嬢は頷かねぇぞ?」
「わかっています。彼女も見抜いているでしょう」
あれだけ冷静に考えられる人だ。
簡単に靡かないのは承知の上である。
「諦めるには惜しい人材なんです」
「気持ちはわかるけどよ。おまえシルヴェスター殿下とやり合えんの? おれは無理だぞ」
「……そこは穏便に」
いかないだろうか。
どうにかして上手く話を付けられないか考える。
「おまえさ、一周回って一番難しい道を通ろうとしてね?」
教会の牽制にはシルヴェスター――ハーランド王国――の協力を得られるだけで十分だったはずだ。
それが今や対象はクラウディアへ移り、共闘の望みを叶えるためには結局シルヴェスターを説得せねばならない。
「バカバカしく見えます?」
「足掻く姿が滑稽だとは思わねぇよ」
精々頑張れ、とスネを蹴られる。
「協力していただけないんですか」
「シルヴェスター殿下を敵に回すのは無理。おっかねぇもん」
「自分だって無理です」
「んー、おれにできることってあるのか?」
「応援していただければ、励みになります」
「何だよ、それ。ま、利があるなら考えるよ」
「事務的で安心します」
本当は少し寂しいけれど、情を求められる立場にないので口に出さない。
お互い、この距離感が一番付き合いやすくもあった。
「暗殺依頼が来たときは教えてやる」
「ありがとうございます。シルヴェスター殿下が依頼主でもお願いします」
「それはちょっと……」
一度捕まったのは聞いているが、どんな目に遭ったのか。
ルキはすっかりシルヴェスターへ苦手意識を持っていた。
「本能的にさ、逆らっちゃいけない相手だって感じんだよ」
前にもハーランド王家の怖さについて話したことがある。
実際顔を合わせたことで骨身に沁みたらしい。
「おまえも下手こいて早死にしないようにな」
「心配してくれるんですか?」
「バーカ、折角のパイプがなくなったら困んだろうが」
憎まれ口を返されるが、スラフィムは頬が緩むのを抑えられなかった。
「貴方もあまり危険なことはしないように」
「誰に言ってんだよ。おれはローズガーデンの構成員だぞ?」
いつだってルキは死と隣り合わせで生きてきた。
本人が望まない以上、生活を変えることはできないだろう。
それでも。
「自分は貴方に生きて欲しいです――って、痛い!」
先ほどよりも強かにスネを蹴られて、目尻に涙が浮かぶ。
無言のままルキは去るが、何となく気持ちは伝わった気がした。