15.悪役令嬢は妹に泣かれる
フェルミナと家族になって二週間。
表立った衝突はなかった。
前もって使用人たちにはクラウディアから公爵家の一員として扱うよう念押ししていたため、そちらとのトラブルもない。冷ややかな視線は拭えないが、これは当主である父親にも向けられていた。
それでもクラウディアがいつも通り穏やかに過ごしているので、屋敷の雰囲気は悪くない。
(殺伐とした空気にならなくて良かったわ)
顔を合わせれば多少緊張は走るものの、食卓を一緒に囲んでも胃は痛くならなかった。
シルヴェスターと比べれば、気が楽なくらいだ。
継母になったリリスが真っ当な人間だったのも大きい。
手管で父親を引っかけたわけではなく、単に父親が彼女に惚れたことは二人を見ていればわかる。
そんなリリスは、クラウディアが歩み寄りを見せると、泣いて喜んだ。
彼女は、自分のせいで父親が家庭を省みなくなったことに負い目を感じていた。公爵家に入るのも反対だったけれど、父親が勝手に手続きを済ませてしまったという。
父親が一人で手続きしたことは執事の証言もあり、リリスの言葉に嘘はない。
クラウディアから見たリリスは、至極真っ当な感性の持ち主だった。
(お父様としては、愛する人たちを守りたかったのでしょうけど)
外で囲うより、屋敷のほうが彼女たちの安全は守られる。
私兵もいる公爵家の守りは、王家に次いで強固だ。
しかし身の安全は保証されても、リリスの心労はいかほどだろうか。
(ある意味、リリスさんもお父様の被害者だわ。それにしても……フェルミナの性格の悪さはどこからきたのかしら?)
父親を擁護するつもりはないが、気性は穏やかな人である。
そんな父親が惹かれたリリスも同じで、苛烈なところがない。
気の強い母親から逃げた先なのだから、リリスについては納得できた。
「何にせよ、今のところ問題がないのは良いことよね?」
「旦那様は問題の塊だと思いますが?」
気分転換に屋敷を散歩しつつ呟けば、ヘレンが怫然と返す。
父親の耳には入れられないものの、それは使用人たちの総意だった。
彼らにしてみれば、父親の行動は自分たちの仕事場を荒らしているようにしか見えない。
「けれど、そんなお父様だからこそ、わたくしはシルヴェスター様の婚約者候補になったのよ」
屋敷内では悪の代表だが、議会では王族派に属しつつ中立の姿勢を見せている。
貴族派にも理解があるのは、リリスを通して下級貴族の現状を知っているからだろう。
「クラウディア様なら、旦那様のご威光がなくても選ばれて当然です」
「持ち上げてくれるのは嬉しいけど、貴族の婚姻が情勢によるのは、ヘレンも知っているでしょう?」
上級貴族ほど、それが顕著になる。
貴族は爵位が上がれば上がるほど、婚姻に政治が絡んだ。
「存じ上げてますが、わたしが見てきたご令嬢の中でもクラウディア様は別格です。政治背景がなくとも、王太子殿下はクラウディア様を選ばれたでしょう」
侍女の欲目が入っていても、ヘレンに褒められるのは嬉しい。
誰かと話すときは相手に好まれるよう反応を使い分けているけれど、ヘレンと一緒にいるときは常に自然でいられた。
和やかに散歩を続けていれば、風にのってピアノの音が届く。
ダンスホールから聞こえているようで、中を覗けばフェルミナが教師からダンスレッスンを受けているところだった。
壁際に置かれた二人掛けのソファには継母リリスの姿もあり、目が合うと手招きされる。
クラウディアは挨拶だけしてすぐに辞そうと思ったが、彼女に気付いた教師にも呼び止められた。
「クラウディア様、よろしければお手本になっていただけませんか」
「わたくしがですか?」
実際に正しいステップで踊っているところを見れば、良い刺激になるからと乞われる。
「わたしからもお願いします。わたしでは、とてもお手本にはなりませんから」
重ねてリリスからも求められれば、拒否できる空気ではなかった。
いつになくじっと見てくるフェルミナの視線は気になるけれど、諦めて教師の手を取る。
ステップは全て習得済みだ。
教師のリードが巧みなのもあって、意識しなくとも体が動く。
クラウディアとしては何事もなく一曲分を踊り終えたが、周囲の反応は違った。
完成されたダンスは見るものを圧倒し、自然と拍手が起こる。
ピアノを演奏していた人からも拍手を送られ、クラウディアは面映ゆくなった。
ダンスホールにいる人数が少ない分、逃げ場がなく頬を染めたままヘレンの元へ戻る。
「流石クラウディア様、素晴らしかったです!」
「えぇ、ドレスで見られないのが残念なくらい素敵だったわ!」
リリスからも手放しで褒められ、居たたまれない。
この場の主役はフェルミナだ。他人が褒められていい気はしないだろう。
それでは、とクラウディアが辞そうとしたとき。
「ぐす、酷いっ、あたしが下手だからって見せ付けるなんて……っ」




