41.王太子殿下は荒ぶる熱に悶える
(正解は、何だ)
わからない。
ただ、愛おしい。
狂おしいほどに、愛している。
言語化できない感情が身の内で奔流となった。
(これではダメだ)
勢いに身を任せては、クラウディアを傷付けてしまう。
悟られないよう、深呼吸を繰り返す。
愛する人への接し方は勉強を重ねてきた。
それだけで頭がいっぱいになり、眠れない日もあったほどだ。
どの教科書でも求められるのは「余裕」だった。
自分のことでいっぱいいっぱいでは、相手の反応に気付けないからだ。
(前戯では微かな反応にも注意し、嫌がるところは避け、悦ぶところを――落ち着け)
いつの間にベッドへ着いていたのか。
記憶が定かでない。
教科書の内容を反芻している内にクラウディアが自分の下にいて焦る。
体勢から察するに、腰を抱きながら押し倒したようだ。
接触は最低限にしようと考えていたはずなのに。
力任せにしなかったところは自分を褒めたいが、それどころではない。
自分を見上げる潤んだ瞳が、熱で溶けそうだった。
赤く染まる頬、ふっくらした唇へ順に触れると、クラウディアが声を出さずに喘ぐ。
ベッドへ広がる黒髪。
呼吸で上下する胸。
接するところ全てが柔らかく、何も考えられない。
目に映る全てが扇情的で、本能が脈動する。
既に貧血を起こしそうなほど、下半身へ熱が集まっていた。
余裕などあろうはずがない。
それでも。
ぐっと奥歯を噛みしめ、衝動を殺す。
ただどうしても抑えきれないものがあって、クラウディアを抱き締めた。
「ディア、愛している」
「シル、わたくしも……」
自分のゴツゴツとした手とは違う、しなやかな指が頬に触れる。
あやすように撫でられると、また目頭が熱くなった。
「愛している。言葉にできないほどに」
正直に感情を吐露すれば、微笑みが返される。
溢れ出る思いを止められず口付けた。
何度も、何度も。
唇を吸うたび、びくりと跳ねる体を余すところなく愛でたい。
「シル、もう」
クラウディアの息が切れる。
自分の息も上がっているかもしれない。
それぐらい長く味わっていた。
だからか、まるで紅を差したかのようにクラウディアの唇が色付いている。
唾液で艶めき、熟れた果実のようなそれ。
もう一度口に含みたくなるのを堪え、瞼や頬に熱を分散させる。
皮膚の薄い部分からうっすら覗く血管さえも愛おしかった。
今まで気付かなかった小さなホクロを見つけて心が躍る。
「ディア、私のディア……」
愛を囁く代わりに名前を呼び、キスを落とした。
喘ぎながらも行動を甘受される喜びに、つい耽ってしまう。
それがいけなかったのか。
「ディア……?」
次第に反応が薄くなり、不安に駆られる。
呼んでも答えがない。
心臓が止まりそうになるが、上半身を起こしてクラウディアの顔を見るなり、全身から力が抜けた。
「すー……」
安らかな寝顔がそこにあった。
昨日のことや商館の確認、ナイジェル枢機卿の訪問、何よりたくさん心配をかけたので疲れが溜まっていたのだろう。
まだ冷静に考える頭が残っていたのか、現実を受けとめきれないから、状況を分析しつつ天井を仰ぐ。
「ディアは悪くない」
それだけが正解だった。
行為が単調過ぎたのかと反省も浮かぶが。
「私も寝よう」
これ以上はどつぼにはまりそうだった。
全く眠れる気はしないけれど、とりあえずクラウディアの隣で横になってみる。
しかし部屋着の上からでも伺える滑らで豊満な曲線は目の毒だった。
結局、身の内の熱を持て余してソファーへ移動する。
いっそ書類でも眺めて気を紛らわそうかと思ったが手が伸びない。
心が一切仕事へ向かなかった。
シルヴェスターは為す術なく、悶々とした熱を抱えながら朝を迎えるしかなかった。




