30.悪役令嬢は答えを得る
今まで直接ナイジェル枢機卿の訪問を受けたことはない。
何かしら意図があるはずだ。
「シルはどうして、あれほど頑なだったのかしら」
どれだけ言葉を重ねても無駄に感じられた。
あんな態度を取られたのは、はじめてのように思う。
「クラウディア様と話すのとは別に、何か事情があったのかもしれません」
「事情……」
(そうだわ、逆にわたくしはシルの心に寄り添えていたのかしら?)
ヘレンの指摘に、昨日は察しが悪かったことに気付く。
今までなら受け入れられたことを否定され、頭が回らなくなっていた。
(頑なだったのは、わたくしも同じだわ……)
シルヴェスターなら期待に応えてくれると、それが当然であるかのように思い違いをしていた。
甘えていたのだ。シルヴェスターなら何を言っても受けとめてくれると。
これでは愚かだった頃と同じだ。
自分の至らなさに頭を抱える。
「わたくしは成長できているのかしら」
「確実にされております。それに殿下のお考えは、クラウディア様も共感できるんじゃないですか?」
守りたいと強く言われたことを思いだす。
確かにクラウディアにも守りたいものがあるけれど。
「クラウディア様もわたしを危険から遠ざけようとなさいます。……実はわたしも寂しく思っていました」
「えっ」
今のクラウディアと同じ心境だと言われ目を見開く。
ヘレンが寂しがっていたなんて、想像もしていなかった。
「レステーア様のときも、夜にお出かけになられたときも、クラウディア様はわたしを置いていかれました。ご一緒できないのはわたしが力不足だからでしょう。わたしを守るためとは理解しつつも、とても悔しく思っています」
拳を握りながら吐露された心情に、上手く言葉を返せない。
「ごめんなさい、わたくしは――」
ヘレンを守りたかった。
危険があるものと関わらせたくなかった。
だからレステーアからも、娼館からも遠ざけていた。
「シルと、全く同じね」
そしてヘレンは、クラウディアと同じだった。
人知れず、歯がゆい思いをずっと抱えていたのだ。
自分のことを棚に上げていたと気付き、申し訳なさでいっぱいになる。
「謝っていただくことではないです。侍女が高望みしているだけですから、むしろ叱っていただくべきです」
「何を言っているの! ヘレンは侍女だけど、わたくしのお姉様でもあるって、ずっと言っているでしょう!」
叱られるなら自分のほうだと、クラウディアは立ち上がる。
ヘレンと向き合い、彼女の両手を握った。
「厚かましいのを承知で言うわ。わたくしと一緒に問題に取り組んでくれるかしら? 時には危険もあるかもしれないけれど……」
「もちろんです。嬉しい……!」
力強く抱き締められ、密着したことでヘレンの震えに気付く。
戦慄く唇からありがとうを告げられ、震えが歓喜によるものだとわかった。
「どこまでもご一緒します。いえ、させてください!」
「無理を強いるかもしれなくてよ?」
「望むところです!」
ヘレンが共にいてくれる。それも彼女の意思で。
心強い味方を得られて、今なら何でもできる気がした。
「枢機卿の件はどうしようかしら?」
「受けられても良いんじゃないですか? 断ったほうが、悪目立ちするかもしれません」
普通、ナイジェル枢機卿から訪問を申し込まれて断る人はいない。
事件のことを理由にはできるが、ナイジェル枢機卿もこの状況下で訪れる予定なのだ。
シルヴェスターの真意も、変に目を付けられないことにあると思う。
「では会いましょう」
疑っていることを気取られないよう注意しながら、拾える情報は拾う。
やることはいつもと変わらない。
娼婦時代も、公爵令嬢の今も。
会話の内容から情勢を考えるのは、日常的なことだった。
◆◆◆◆◆◆
昼食は商館にある料理店から食事を運んでもらった。
アラカネル連合王国に滞在して二日目。
まだ二日というのに、食べ慣れた領地の味に安心を覚えた。
(距離が離れているわけではないのにね)
早くも郷愁にかられている自分に内心笑う。
領地はともかく、ハーランド王国とアラカネル連合王国は対岸が目視できる距離だ。
手漕ぎの船でも横断できる。
そう考えると、海に隔たれているだけで文化に違いが出るのが興味深かった。
大陸と島の差も大きいのかもしれない。
つらつらと考えごとをしていると、ナイジェル枢機卿の来訪が告げられる。
クラウディアはヘレンを伴い、応接室へと場所を移した。