27.悪役令嬢は自分を貫く
今日も馬車の進みは遅い。
朝市がおこなわれているのもあるが、港からの運搬が引っ切りなしにあるからだろう。
何気なく通りに並ぶ店を眺めていると、警ら隊に職質を受けているケイラたちが目に入った。
問題が発生しているようだが、彼らがわざわざ目立つ行動を取るとは考えられない。
警ら隊にケンカを売っても何の得にもならないからだ。
フードの男の姿もあり、どうやってホテルから移動したのか不思議に思う。
馬車の速度を考えると、先回りは十分可能そうではあるけれど。
「見なかったことにするべきかしら?」
シルヴェスターの言い分を守るなら、そうする他ない。
関わらないのが彼の望みだった。
けれど。
ここで無視をして、助けなかった後悔をシルヴェスターのせいにしないだろうか。
スラフィムに注意されたことが脳裏に蘇る。
(自分の気持ちに従ったら、シルはわたくしに失望するかしら)
視線の先では、ケイラとサニーが困った表情を浮かべている。
犯罪ギルドのトップとして交渉慣れしているベゼルや、人の扱いをわかっているケイラが早々に解放されないのには理由があるはずだった。
クラウディアの視線で事態に気付いたヘレンに、そっと手を握られる。
「クラウディア様、大丈夫ですよ。殿下もわかってくださいます。昨日は行き違いが起こっただけです。クラウディア様の行動理念を否定されるお方ではありません」
「そうね、ここで動かなかったらわたくしではないわ」
無視すれば、シルヴェスターの愛するクラウディアですらなくなるだろう。
気持ちが固まれば行動は早かった。
馬車を停め、護衛に守られながら一団に近付く。
「何か問題がありまして?」
「は! 怪しい集団を見かけたため、職質をかけておりました!」
一目で貴族とわかるクラウディアに、警ら隊の人間は従順だった。
ケイラたちに向けていた態度を一変させ、低姿勢をとる。
「今しがた近辺で連続して物取りが発生したため、犯人捜査と治安維持に徹している次第であります!」
「まぁ、大変! ご苦労様ですわ。彼らが犯人ですの?」
サニーが必死で頭を振って否定するが、話の腰を折ってしまうので取り合わない。
クラウディアとて、彼らを疑っているわけではないのだ。
「まだわかりません。連行しようかと考えていたところです」
「馬車から見えた限りだと、反抗的な態度でもなかったようですけれど、何を理由に連行なさるのかしら?」
「それは、その……身分の保証が曖昧でして」
「名指しした商人に確認を取ってもらえば、わかるはずだが?」
ここではじめてベゼルが口を出した。
自分たちに後ろ暗いことはないと、クラウディアに訴えたいのだろう。
「黙れっ、用心棒風情が! 確認せずとも、お前たちが娼婦とその付き人であることは見ればわかる!」
(なるほど、連合王国でも娼婦の扱いは同じなのね)
事件に関係なく、ケイラの色気にあてられたらしい。
連行してどうするつもりなのか考えるだけで目尻がつり上がる。
(枢機卿とは関係ないのかしら)
身元保証人がナイジェル枢機卿ほどの身分なら、教会に馴染みがないアラカネル連合王国でも無理は言えないはずだ。
けれどベゼルは商人と言った。ドラグーンの息がかかった商人がいるのだろうが、ナイジェル枢機卿と繋がりがあるなら、そちらのほうが身元は確かだ。
「お待ちになって。確認する相手がいるのに、確認されないとおっしゃるの?」
「え、いや……」
クラウディアの静かな怒気を浴びた警ら隊は口ごもり、顔を青くする。
「この方たちのことは船着き場でもお見受けしました。不当な手順で同郷の者が疑われているのなら、わたくしも黙ってはいられません」
「さ、先ほどのは言葉の綾でして……! あの、同郷の方であるなら、自分たちも、その、大丈夫です!」
言うや否や、逃げるようにして警ら隊は人混みに消えていく。
面目を保つどころではないのだろうか。
心境がそのまま口を衝いて出た。
「全く、困ったものですわ」
荒ぶった気持ちを静めるため、手にしていた扇をゆるやかに仰ぐ。
その扇の向こうで、ケイラが深く頭を下げた。
他の三人も彼女に倣う。
「助けていただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
サニーに至っては、お辞儀が深すぎて太ももに額が付きそうな勢いだった。
「頭をお上げになって。警ら隊の方への言葉に嘘はありません。不当な扱いを受けずに済んで良かったですわ」
クラウディアの言葉に、ケイラが口元を綻ばす。
普段の間延びした口調は鳴りをひそめていた。
「感謝の言葉もありません。こちらの身分にかかわらず助けていただけて、感動いたしました。何かお応えできることがあればいいのですが……」
「見返りを期待したわけではありませんもの。お気になさらないで」
長く関わるつもりもないのだと辞する。
行動に裏はなく、困っているから助けただけだった。
クラウディアの去り際にも、律儀にケイラはお辞儀を欠かさない。
「花壇にバラを植えてくださったこと、感謝申し上げます」
一瞬、体が硬直しそうになるが、如才なくクラウディアは馬車へ戻る。
ただヘレンも別れ際の言葉が気になったようだった。
「独特の表現をされる方でしたね」
「そ、そうね」
花壇はフラワーベッド、バラはローズと翻訳できる。
(完全にケイラお姉様にはバレているわね)
シルヴェスターが一緒でないのが救いだった。
いたらクラウディアの微かな反応も察知し、追及してきただろう。
(いつまでも隠し通せるとは思っていなかったけれど)
娼館のナンバーワンは伊達じゃない。
人を見抜く力がなければ、のし上がれない世界だ。
(背格好と香りのせいかしら)
移り香に限らず、リラクゼーションのためにアロマを用いる娼婦は多い。
クラウディアと同じくケイラも香りに聡くて当然だ。
「それにしても連続して物取りが起こるなんてね」
しかも警ら隊の言いようでは、犯人も捕まっていない。
「治安は良いと聞いていましたけど……クラウディア様も徒歩で出歩かれるのは控えたほうが良さそうです」
ヘレンの言葉に素直に頷く。
お忍びとはいえ、シルヴェスターやクラウディアが訪問しているのだ。
いつも以上に警ら隊は警戒しているはずだった。
それを掻い潜って起きた事件に、きな臭さを感じる。
(何かが起ころうとしているのかしら)
帰ったら、もう一度シルヴェスターと話し合うことを決める。
頭が冷えた今なら、建設的に話せる気がした。
(とりあえず商館に集中しましょう)
きっと現地では、今か今かと担当者がクラウディアの到着を待っているだろうから。




