26.悪役令嬢は忠告される
スラフィムが席を立ったあとも、クラウディアは食堂で一人お茶を飲んでいた。
人の目があったほうが、冷静に考えをまとめられると思ったからだ。
そこへ立ち去ったはずのスラフィムが戻ってくる。
「失礼、言い忘れたことがありました」
「何でしょう?」
「枢機卿にはお気を付けください」
スラフィムが近付いた瞬間、忠告よりも別のものに意識を持っていかれる。
ふわりと漂ってきた香りに覚えがあった。
朝食時には香らなかったので、今付けてきたのだろうか。
(だとしても、何故この香りなの?)
ケイラが頭を過る。
娼館では、客に自分の香りを移すのが流行っていた。
クラウディアも調香には自信がある。馴染みの香りはすぐに気付けた。
改めて目の前の人物に焦点を当てる。
スラフィムにしか見えないが、佇まいに違和感が残った。
(スラフィム殿下はもっと柔軟だったわ)
肩がいかつく感じるのは、力が入っているからだろうか。
見覚えのある姿勢に記憶が刺激される。
ケイラやベゼルたちと一緒にいたフードの男。
彼は貴族街でサニーを助ける際、長い金髪を見せていた。
(まさか彼だというの?)
浮かんだ答えに愕然とする。
容姿だけで言えば、スラフィムと見分けがつかないくらいだからだ。
スラフィムの影武者にしても、変装の域を超えている。
(でも彼はドラグーンの構成員よね?)
一緒にいた面子から間違いないだろう。
(スラフィム殿下はドラグーンと繋がっているの?)
これだけ似た人物がいれば、そうとしか考えられない。
ドラグーンと繋がっていたのは、ナイジェル枢機卿はなくスラフィム?
スラフィムが彼の存在を知らないことがあり得るだろうか?
「あなたは……誰ですか」
気付いたときはそう口にしていた。
青年は目を皿にし、楽しそうに歯を見せて笑う。
「驚いた! もう勘付いたのか?」
雰囲気が一気に崩れ、似ているとさえ思えなくなる。
けれど顔はスラフィムなので、頭が混乱した。
「ホテルに入るために、こんな格好までしたってのに」
おどける姿に、先ほどまで感じられた気品はない。
「悪いが、まだ名乗れねぇんだ」
「スラフィム殿下とのご関係は?」
「それも、まだ言えない」
「枢機卿に気を付けろとは、どういった意味かしら?」
「言葉通りの意味だ。隙を見せれば食い殺されるぞ」
「……穏やかではありませんわね」
「そうとも、穏やかじゃない! おれが顔を出すのも結構危ないんだぜ? だからこそ忠告しに来た。あんたにはまだ倒れて欲しくないからな」
言いたいことだけ言って、青年は食堂を去る。
止めても無駄だと背中が語っていた。
あとを追ってもらうも、すぐに見失ったと報告を受ける。
「仕方ないわ、とりあえず商館へ向かいましょう」
今回の旅行のメインだ。
忠告を胸に刻みながらクラウディアは席を立つ。
生憎、シルヴェスターの伝令とは入れ違いになってしまった。