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21.悪役令嬢は眉根を寄せる

「君は私からすぐ逃げようとする」

「自衛しているだけですわ」

「そういえば浴室からも海が眺められるのだったな」

「わかりやすく話題を変えましたわね?」


 シルヴェスターなりに思い当たる節があるのだろう。


「朝に入浴するのも良さそうだ」

「そうですわね、夜ですと港町の灯りぐらいしか楽しめ……朝の入浴に深い意味はありませんわよね?」


 考え方によっては一緒に朝を迎えようと誘われているようだった。

 肩に落ちた髪を弄られながらだと尚更だ。


「どうとってくれても構わないぞ」

「お互いの浴室で景色を楽しみましょう?」


 夜を共にするわけにはいかない。

 自衛している意味がなくなる。


「隙がないな。立場を気にしているのなら、枢機卿に頼んで先に宣誓するのはどうだ?」

「どうだ? ではありません。枢機卿もお認めになりませんわ」


 そもそも、きまぐれな神へ宣誓をおこなったところで立場は変わらない。

 国王の認可を経て、はじめて戸籍は移動されるのだ。


「ここでは無理があるか」


 アラカネル連合王国には、教会特有の建築物である修道院もなければ教会堂もない。

 修道者にとって修道院が生活拠点なら、教会堂は宣教拠点、職場だった。

 どちらかがなければ、儀式はできないと断られるだろう。

 ちなみにハーランド王国の王都には、教会堂の規模を大きくした大聖堂がある。

 教会への献身の証明として建設されたものだ。


「枢機卿は、シルから見てどういった方ですの?」

「善き人だ。良くも悪くも教会を第一に考えておられる」

「良くも悪くもですか……」


 それでも善き人と呼べるのは、悪い部分が目立たないからだろうか。

 漁村で炊き出しをしていた姿が思い浮かぶ。

 楽しそうに笑うナイジェル枢機卿に、最後は子どもたちも笑顔を見せていた。


「修道者の見本のような人だ。だから枢機卿の地位にあるのだろうが」


 ハーランド王国へ赴任する際、事前に報告された経歴にも傷一つなかった。


(前世でも悪い印象はなかったけれど)


 修道者の中には、娼婦を一切認めない人もいた。

 清らかさを求めて汚れを許さない人とは違い、ナイジェル枢機卿は娼婦にも理解があった。

 彼女たちが望んで仕事をしているわけではないと知っていたからだ。

 修道院ですら救いきれない人がいることを。


(なのに、どうして不安に駆られるのかしら)


 ケイラが頭を過る。

 叶うなら、彼女がここにいる理由を知りたかった。

 どうして犯罪ギルドのトップと一緒にいるのかも。


「枢機卿について思うところがあるのか?」

「直接関わりがあるのかはわかりません。ただ港で見た人たちが気になって……」


 口を開いたものの説明に悩む。

 普通に考えて、公爵令嬢が犯罪ギルドのトップや娼婦を知っているわけがない。


(そうだわ、レステーアから聞いたことにしましょう)


 レステーアがクラウディアにだけ情報を落としていても、歪んだ彼女を知っているシルヴェスターは疑わないだろう。

 ちょうど良い隠れ蓑を見つけ、話を続けた。


「なるほど、港にいた人物がレステーアの報告と合致したのか」

「特徴的な方々でしたから、印象に残っていたのです」

「枢機卿が、話にあったケイラ嬢と懇意なのは初耳だな」

「てっきりご存じかと思っていましたわ」

「教徒の身分にこだわらない方ではあるが……ふむ、娼婦か」


 シルヴェスターが考え込む隣で、クラウディアはその反応に内心焦っていた。


(シルが全く情報を掴んでいないなんて、あり得るのかしら?)


 ケイラとナイジェル枢機卿の付き合いは長いと思っていたけれど、もしかしたら顧客だった期間は短かったのかもしれない。

 逆行後の世界で、関わり方が変わっている可能性もある。


(わたくしのバカ! どうして思い至らなかったの)


 それぞれの姿を続けて見たため、前世と変わらないと頭から信じてしまっていた。

 現段階でナイジェル枢機卿がケイラと長い付き合いならば、シルヴェスターの耳にも届いているはずだ。


「留意しておこう。この件について、ディアが悩む必要はない」


 きっぱりと断言されて首を傾げる。

 クラウディアは不安に駆られたから、シルヴェスターへ相談したのだ。

 何も解決していないのに、悩まずにはいられない。


「犯罪ギルドについて何か情報がお有りなの?」


 ナイジェル枢機卿とケイラのことはシルヴェスターも初耳だった。

 あと残っているのは犯罪ギルド「ドラグーン」のことだ。

 トップであるベゼルの姿が他国にある以上、無視はできない。


「全くないわけではない。彼らの動きには常に目を光らせているからな」

「完全に掌握されてはいないのですね?」


 国がドラグーンのことを必要悪として黙認しているのは知っている。

 けれど答えを得るにはシルヴェスターの言葉が煮え切らないがして、クラウディアは納得できなかった。


「悩む必要はないと断言されるには早い気がしますわ」

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