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11.悪役令嬢は商人の男爵令息と会う

 蛇の道は蛇。

 ならば商売のことは商人に聞こうと、クラウディアはブライアンを頼ることにした。

 ちょうど定期報告を控えていたのもあり、まずは報告を聞く。

 麗らかな昼下がり、公爵家の応接間にはクラウディアとヘレン、ブライアンの三人の姿があった。ヘレンはいつも通り、侍女として壁際で控えている。

 美容品の売上げが好調なようで、今日も尻尾を振る大型犬のようにブライアンは上機嫌だ。

 ヘレン曰く、主人が目の前にいれば当たり前とのこと。

 しかしそれが全てとは思えなかった。


(きっとヘレンに会えるのが嬉しいのでしょうね)


 ブライアンの恋心に、クラウディアは気付いていた。

 ただ悲しいかな、肝心のヘレンの反応は芳しくない。

 家のこともあって仕事を優先しているのか、恋愛を遠ざけている印象があった。


(こればかりは心の整理がつくのを待つしかないかしら)


 今は生活が安定していても、貴族から平民になった事実は変わらない。

 多かれ少なかれ、真面目なヘレンが負い目を感じているのは確かだった。

 気持ちは本人にしか変えられないし、また本人にもどうしようもないときがある。

 そういうときは時間が解決してくれるのを願うのみだ。

 ブライアンもヘレンの事情を承知しているようで、強くアプローチする様子は見られなかった。


「今月の売上げ報告書です」

「いつもありがとう。社交界でも評判が良くて、わたくしも鼻が高いわ」


 むしろ良過ぎて、生産が追いついていないほどだ。

 馴染みの令嬢たちからも、よく問い合わせを受ける。


「はいっ、これもクラウディア様が品質を保証してくださったおかげです! ただ最近は困ったこともあって……」

「あら、どうしたの?」


 満面の笑みが陰るのを目の当たりにして、訊ねずにはいられない。

 ブライアンがこんな表情を見せるのは珍しかった。

 それほど事態なのかと身構える。


「お恥ずかしい話ですが、お耳に入れておいたほうが良いので報告します。転売屋が出始めました」

「転売屋が?」


 品薄でプレミアが付いてしまっているからだろう。

 定価より高くても欲しい人がいる限り、そういう輩はいなくならない。

 しかし転売屋はどこで商品を入手しているのだろうか。

 模造品を防ぐため、瓶に刻印を入れるなど、エバンズ商会では色々と手が打たれている。

 購入方法も限られるため、転売屋が入り込む隙はないはずだ。


「買い取り価格に目が眩んだ貴族売ってしまうようです。これに関しては微々たる数ですが、先日、卸のために輸送していた馬車が襲われました」

「なんてこと……」


 馬車には護衛もいたが、隙をつかれたらしい。


「手口から見て、野盗というよりは犯罪ギルドが関わっている可能性が高いです。既に役所には被害届を出しています」


 価値のある物品を運ぶ商人は、野盗に狙われやすい。

 ただ美容品に至っては、扱いに困る品物だった。

 一目で商品価値がわからないからだ。

 瓶に刻印まであれば闇市で流せても、足が付く危険がある。

 犯罪の温床となっている場所は、警ら隊もチェックを怠らない。

 その点、犯罪ギルドは闇市以外でも美容品を売れるルートがあった。


(娼婦なら喜んで買うでしょうね)


 客の伝を使い、正規ルートで買える娼婦もいるだろう。

 しかし前世とは違い、上級貴族を中心にエバンズ商会の美容品は売れている。

 娼婦時代のクラウディアほど、入手が簡単とは思えなかった。


「商会の評判にも影響しますから、次はありません。今後はより厳重に取り扱うつもりです。だから何か訊かれても、大丈夫だとお答えください」


 広告塔として宣伝に一役買っている以上、噂を耳にした令嬢から訊ねられる可能性はある。


「わかったわ、報告ありがとう」

「まぁ転売にしろ、模造品にしろ商売にはリスクが付きものです。それだけ人気がある裏返しですから、クラウディア様はあまり気にしないでください」


 最後にはニカッと人好きする笑みを送られる。

 けれどブライアンの言葉で、それが他人事ではないのを思いだした。

 報告に一段落ついたなら、相談しても良いだろうかと話を振る。


「買い手でいる内は、売り手のリスクを無視しがちよね」


 父親から誕生日プレゼントに商館を貰ったのはいいものの、まだ運営の見通しは立っていない。

 しみじみと呟くクラウディアを、とても良い笑顔でブライアンは笑い飛ばした。


「あははっ、それで良いんですよ! その分、価格に上乗せさせてもらってますから!」


 最後に利益を得るのは商人です! と言ってはばからない商魂たくましい姿を見せられ、クラウディアの顔にも笑みが浮かぶ。


「わたくしもあなたを見習えたら良いのだけど。実は先日、お父様から商館をいただいたの」

「商館をですか!? 流石、公爵家ともなるとプレゼントの規模が違う……」

「わたくしも度が過ぎた代物だと思うわ。わたくしのせいで経営が傾いたら従業員の方に申し訳なくて仕方ないもの」


 担当者に任せればいいとは思う。

 しかし監査を怠っては、不正が起きる危険性があった。

 クラウディアが全く口出ししないという状況はあり得ない。

 いつになく心配を隠さないクラウディアに、ブライアンは目をぱちくりする。

 そして次の瞬間には、感動で目を潤ませた。

 感情の動きを理解できず、クラウディアは小首を傾げる。


「やはりクラウディア様は素晴らしい方です。下で働く者たちのこともよく考えてくれる」

「普通のことではなくて?」

「貴族に限らず、商人の中にも下働きのことを鑑みない輩はいます。自分が損さえしなければいいっていう。公爵令嬢であるクラウディア様が下々にも篤い考えをお持ちだと、おれらみたいなのはとても救われるんですよ」


 男爵位を冠しているエバンズ家だが、元は平民の出だ。

 下積み時代に苦労が絶えなかった父親の背中を、ブライアンは見ていた。

 意識してもらえているだけで、環境は良くなるのだと彼は言う。

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