04.連合王国の王子は客人を迎える
「お兄様! お土産忘れないでね!」
「ぼくも、ぼくも!」
「ちゃんと甘いものを買ってきますから、安心してください」
まだ幼い弟妹たちの頭を撫で、王城を出る。
声に出して頼まない子たちの希望もわかっていた。
父である国王は側室を六人迎え、弟妹のほとんどは母親が違うけれど仲は良好だ。
争わないで済むことに幸せを感じる一方で、争っている場合ではない環境に溜息をつきたくなる。
(教会は争わせたくて仕方ないようですが)
スラフィムは気を取り直すため空を仰ぐ。
曇天に清々しさはないが、日差しを遮ってくれるおかげで風は心地良い。
(ハーランド王国の人にとっては、少し寒いでしょうか)
夏に避暑地として重宝されるくらいだ。
それ以外の季節では寒さが勝ってしまうだろう。
体感温度の違いを頭に入れながら船に乗る。
アラカネル連合王国の人間にとって、海は庭だった。
でなければ海上保険なんて売り出せない。
航海に不安がないおかげで、スラフィムも精力的にトップセールスをおこなえるのだ。
(教会の思惑にだけは乗りません)
唯一神信仰で勢力を広げている教会にとって、力が及ばないアラカネル連合王国は邪魔でしかなった。
建国前、まだ島々の君主がバイキングとして生活していたときの恨みもあるだろう。
百年単位で遡らなければならないほど昔の話だが、当時沿岸部にある修道院は恰好の的だった。
スラフィムからすれば、清貧をうたっているのに何故財を溜め込んでいたのか訊きたい。
だからといって襲って良い理由にはならないが。
(ここが踏ん張りどころです)
周辺国と教義が違うという弱みを抱えながらも、独自の金融政策でアラカネル連合王国は力を持つことに成功した。
輸出入で一部締め付けられていても、面倒だなぁという程度だ。
けれど慢心はしていられない。
バラバラだった島々を国としてまとめ上げた祖先のときのように、時代の潮流は変わりつつある。
アラカネル連合王国は今こそ一致団結し、内紛など論外だった。
国王が側室を多く持っているのも地盤を固めるためだ。
(好色なのも否定しませんが)
スラフィムは弟妹と手を取り合って、教会という巨大な敵と対峙せねばならなかった。
◆◆◆◆◆◆
スラフィムの訪問を歓迎する昼のパーティー。
シルヴェスターから紹介を受けた面々に顔が綻ぶ。
(可愛い、と言ったら怒られるでしょうか)
それぞれが持つ肩書きは全く可愛くないが。
成人したといっても、まだ十代。
六歳も年下となれば自ずと弟妹たちを見ている気分になる。
紹介される前からクラウディアたちは目立っていた。
バーリ王国の王弟に、王太子の婚約者候補が集まっていればさもありなん。
和気藹々と会話を弾ませる彼女たちは華やかで、人々の理想が具現化されたようだった。
(あのシルヴェスター殿下がこんなにも雰囲気を和らげるんですから驚きです)
普段は一切心情を悟らせない彼の目差しが優しい。
(やんわりと牽制されているんでしょうか)
とっくに結婚適齢期を迎えているにもかかわらず、スラフィムはまだ結婚していなかった。
外交政策に忙しく、それどころではないのだ。
弟妹が多いおかげで跡継ぎに困っていないのも影響した。
他では争いの火種になりそうだが、アラカネル王家は打倒教会を旗印に掲げている。政治が上手く回るなら跡目は誰でも良かった。
今後もハーランド王国とは絆を深めていきたい。
その思惑はシルヴェスターにも伝わっているだろう。
だから彼は視線で自分の嫌がることはするなと告げているのだ。
(クラウディア・リンジー公爵令嬢)
溜息をつきたくなるほどの美人だった。
目が肥えている自覚があっても、ハッとさせられる。
年が違い令嬢たちの中で、頭一つ抜けている印象だ。
落ち着いた所作は堂に入っていて、とても年下には思えない。
それでいて友人たちと語り合う姿は可憐で、少女の面影を残していた。
(完璧な淑女……本命と噂されるだけはあります)
あまり話せなかったのを名残惜しく感じながら場を辞する。
スラフィムが挨拶しなければならない相手はまだたくさんいた。
◆◆◆◆◆◆
パーティーが終わり、一日の仕事を済ませるとスラフィムは居を大使館へ移した。
王城にも客質が用意されているが、訪問客を迎えるには大使館のほうが適しているからだ。
「貴方なら王城へも難なく侵入できそうですが」
「できないことはねぇが、やらねぇよ。裏社会ではハーランド王家にケンカは売るなってのが常識だからな」
「よくわかります」
窓から現れた客は、断りなくソファーへドサッと腰を下ろす。
そしてテーブルに足を載せるのがお決まりだった。
乱暴だし、遠慮もないが、スラフィムにとってはこの距離感が心地良かった。
彼に対し遠慮がないのは自分も同じだからだ。
「ハーランド王家は敵に回すと怖いですから」
「容赦ねぇもんなぁ」
決して残忍というわけではない。
現バーリ国王のように損切りが早いわけでもない。
けれど受け継がれる黄金の瞳には、畏怖を覚える。
歴史を紐解けば、アラカネル連合王国の建国時、いやバイキング時代からそうだったかもしれない。
バイキングに王都を占領されたときはいち早く立ち退き料を払い、二度目はなかった。
損害を与えられたのに、教会とは違い、ハーランド王国はアラカネル連合王国の建国を手助けしてくれた。
後に見返りを求めれば拒否できないとわかっていたからだ。
よき隣人でありながらも、損をしない立ち回りをハーランド王国は心得ている。
バーリ国王と王弟との件もそうだ。
二国の間でどんな取り決めがあったのかは知る由もないが、決して損はしていないだろう。
それでいて爪を研ぐのも怠らない。
人情に篤いようでいて、隙を見せられない怖さがハーランド王国にはあった。
「そっちの首尾はどうよ?」
「決定打に欠けますね。引き続き教会について警告していくつもりですが」
「ふん、こんな調子で大丈夫なのか?」
手を組むようになってから、互いに商売については有益な情報を交換できているものの、肝心の目標に到達できずにいた。
彼が焦るのも無理はない。
差し迫った危険があるのは彼のほうなのだから。
「できる限りのサポートはします」
「それがあてになんねぇんだよな」
「ルキ……」
「善人面すんなよ。おまえだっておれが邪魔になれば切るだろ」
「教会と手を組むつもりじゃありませんよね?」
「はっ、どうだかな。野望があるおまえと違って、おれは家族を守りたいだけだ」
進展がないなら帰るぞ、とルキは窓へ向かう。
彼の言い分がわかるだけに、咄嗟に言葉が出てこなかった。
「自分は……」
「おまえの家族が島にいるように、おれの家族はここにいる」
「……」
ルキを目で追うものの、闇に紛れられると判別がつかない。
彼を引き留められない自分が情けなかった。




