11.王太子殿下は悪役令嬢に興味を持つ
最近、頓に聞く名前がある。
クラウディア・リンジー公爵令嬢。
母親の死をきっかけに、幼い少女が改心したという。
「あのわがままなご令嬢が改心したなんて、僕には信じられませんけど」
トリスタンの言葉に、シルヴェスターも園遊会で見かけたクラウディアの姿を思い浮かべる。
最低限の礼儀だけを修めた、我の強いご令嬢。
それが、うそ偽りないクラウディアの印象だった。トリスタンと差異はない。
「どうせリンジー公爵が、シルの婚約者という立場を狙って噂を広めてるんじゃないですか?」
「公爵は、野心がある人じゃないけどな」
野心があるなら、わざわざ庶民の愛人を作ったりしない。
未亡人の後見人になるならまだしも、利用価値のない相手なら尚更だ。
そんな人だから議会では中立に位置し、貴族派とも上手くやれている。
シルヴェスターがリンジー公爵と話した感触だと、ご令嬢とは真逆の穏やかな人だった。
彼が義父なら、議会運営はやりやすいように思う。
「けど愛人に耽って、家をないがしろにしている人でしょう?」
「政略結婚ではままある話じゃないか」
トリスタンの言いたいこともわかる。
愛人はこの際いいとして、実子までないがしろにしていると聞けば、良くは思えない。嫡男のヴァージルとはクラウディア以上に交流があるから、なおさらだ。
案外、クラウディア嬢の気性もそのせいではないのか、というのはシルヴェスターの所感だ。
だから母親の死をきっかけに悪化することはあっても、好転することはないだろうと思っている。
依然としてリンジー公爵が、愛人宅に帰っているのは聞いていた。
トリスタンは眉尻を下げる。
「クラウディア嬢に良い印象はないけど、流石に可哀想ですよ」
兄のヴァージルは今年社交界デビューし、学園にも入学した。
外で気晴らしができる兄とは違い、屋敷から出る機会の少ないクラウディアの心情はいかなるものか。
他人事ながら気の毒ではある。
そんなときだった。
クラウディアとのお茶会が決まったのは。
「何も一対一じゃなくても……」
「噂を確かめるには良い機会だ。なんだったらトリスタンも参加するか?」
「いいんですか!?」
「護衛騎士として私の後ろに控えるなら、問題ないだろう」
思いの外、トリスタンも噂が気になっていたのか、お茶会には彼も連れて行くことになった。
◆◆◆◆◆◆
「本日は交流の場を設けていただき、ありがとうございます」
菫色のドレスで現れたクラウディアは、それだけで噂を信じさせるだけの魅力があった。
ドレスは同年代のご令嬢が着るものに比べると簡素な作りだが、デザインや生地を見れば、手が抜かれているのではなく洗練されているのがわかる。
立ち姿は美しく、カーテシー後は、自然と緩やかに広がる黒髪に目を奪われた。
気の強そうな目元は、雰囲気が違うからか、記憶にあるものより優しい。
背後でトリスタンが見惚れている気配を察し、自分は相手に流されないようにと気を引き締める。
(まるで別人のようだ)
会話し、クラウディアの反応を観察すればするほど、幻を見ているような気になってくる。
頬染めて恥じらう姿は可憐で、口を開けば話題が尽きない。
女性のほうが男性より精神の成熟が早いと聞くが、それまでシルヴェスターの目には、どのご令嬢も幼稚に映っていた。
けれどクラウディアは違う。
作為めいたものを感じるときはあるけれど、媚びを売るわけでもない。
あくまでこちらを楽しませようとしてくれているようで、探るような視線も不快には感じなかった。
(面白い)
どうすればクラウディアの隠された本音に近付けるのか。
彼女が本心を露わにしていないことは察している。
シルヴェスターに好意があるように見せながらも、不用意に距離を縮めようとはしてこないからだ。
王家として、リンジー公爵家との婚姻は悪い話じゃない。
それは彼女もわかっているはずなのに、そのアドバンテージを活用しようとしない姿勢には疑問が残る。
クラウディアの聡明さは、会話の中で十分窺えた。
(何を考えながら、私との会話に臨んでいるのか)
もっと彼女を知りたい。
しかしスケジュールを詰めて設けた時間はあっという間に過ぎ――。
「本日はありがとうございました」
シルヴェスターへの未練など一切感じさせず、クラウディアはあっさり帰っていった。
その潔さに眉根が寄る。
「クラウディア嬢は噂以上でしたね! あれ? どうしたんです、楽しくなかったんですか? あれだけ盛り上がってたのに?」
「いや、楽しかったよ」
トリスタンの反応に、顔が険しくなっているのに気付いて慌てて笑みを浮かべる。
クラウディアとのお茶会は楽しかった。
だからこそ。
(私だけが焦がれているようで、気に入らない)