01.悪役令嬢は犯罪ギルドのトップに君臨する
※一部2巻書き下ろしの内容を含みますが、未読でも大丈夫です。
日の光が届かない地下。
灯りはランプのみで廊下や部屋の隅には、ずっと闇が残っていた。
レンガと土壁で築かれた室内はカビ臭く、決して長居したい場所ではない。
しかし今夜だけは違った。
大部屋には犯罪ギルドの構成員がひしめき合い、新しい主に向かってみな一様に頭を垂れている。
部屋の最奥へ向かう熱気は最高潮に達し、誰も居心地の悪さなど感じていない。
みなが頭を垂れる先に、玉座を思わせる椅子があった。
そこへ腰かける男装の貴婦人。
つばのないトーク帽からは黒いレースが垂れ下がり、歳はおろか容貌さえもわからない。
全身を黒でまとめた装いは未亡人を連想させるが、見た目から出自を探るのは不可能だ。
傍らに立つ侍女も同じで、二人とも性別を隠すための男装でないことだけはわかる。
片膝をつき恭しい姿勢を保ちながらも、どこか落ち着かない構成員たちの様子に侍女が主へ言葉をかける。
「みなさん、ローズ様のお言葉をお待ちです」
主の静かな頷きを見て、侍女はまた定位置へ戻った。
(どうしてこうなったのかしら)
ヘレンから促されたローズことクラウディアは、これまでのことを反芻せざるをえない。
まさか自分が犯罪ギルドのトップになるとは。
眼下でかしずく面々には戸惑いが拭えなかった。
会合には犯罪ギルド「ドラグーン」の前トップであるベゼルをはじめ、構成員全員が地下の拠点に集まっている。
構成員の他にも、前世でお世話になった先輩娼婦たちまで姿を見せていた。
娼館を運営しているのは犯罪ギルドだ。
彼女たちも無関係ではないものの、トップの就任式に顔を出す必要はない。
(お姉様たちも期待してくださっているのよね)
以前、娼館の現状を知るため客として娼婦のお姉様方と再会した。
あくまで一方的な再会だったが、それぞれの元気な顔に涙が溢れそうになったのは言うまでもない。
その場では娼館の出資者となったが、今後は運営に携わることになる。
ローズとして気に入られている実感があるだけに、クラウディアも気合いが入った。
(不安がないわけではないけれど)
犯罪ギルドは、地域密着型の犯罪組織だ。
ドラグーンは数ある内の一つに過ぎず、別の犯罪ギルドが縄張りを侵せば抗争にだって発展する。
娼婦だった記憶があるとはいえ、上手く立ち回れる自信はなかった。
(大丈夫、わたくしは一人じゃないもの)
傍にいるヘレンを筆頭に、眼下で頭を垂れる構成員たちもみんな仲間だ。
ここに姿はなくとも、いつだって自分を思ってくれている人がいる。
まだ犯罪ギルドの雰囲気には慣れないけれど、ここがクラウディアにとって理想への足がかりであることに間違いはない。
ならば、しっかりと地に足をつけて歩きだそうと、扇の代わりであるステッキを握る。
(公娼の設立には、彼らも必要不可欠だわ)
公娼とは、法律で国が娼婦たちを管理する仕組みだ。
現在は犯罪ギルドが取り仕切っている。
彼らなりのルールはあるが、秩序があるとは言い難かった。
現に大半の娼婦たちは劣悪な環境に置かれている。
まずは勝手知ったる場所から是正したいと、クラウディアは考えた。
ゆくゆくは公的扶助を拡充し、選択肢が娼婦しかない状況を打破するのが最終目標だ。
娼婦に限らず、立場の弱い人たちが不安なく暮らせる社会を作る。
しかしクラウディアにできることは限られた。
それでも、たとえ僅かでも、着実に前へ進もうと決めたのだ。
(いくら法律を制定しても、現場が従わなければ意味がないわ)
法の網をくぐって、より深い闇へ潜られたら目も当てられない状況になる。
現場の協力を得るという意味では、犯罪ギルドのトップに就くのは悪い話ではなかった。
何より構成員たちも守るべき対象である。
(ここから、はじめるのよ)
立ち上がり、胸を張る。
乱暴さとは無縁の気品に満ちた所作は構成員たちにとって目新しく、堂々たる佇まいは彼らの心を掴んで放さない。
続いて威厳に満ちた低めの声が響くと、場は完全に支配された。
自分の言葉に高揚を隠せない構成員たちを、クラウディアは感慨深く見渡す。
(あのときは、こんなことになるなんて想像もしていなかったわね)
アラカネル連合王国の王太子による、ハーランド王国への協力要請。
思い返せば、それが全ての発端だった。




