10.悪役令嬢はめげない
屋敷に帰ると、ドレスという武装を解除するなり、ベッドへ倒れ込んだ。
ぼふん、と体を受けとめてくれるベッドに愛を感じながら、もう無理……と呟く。
それだけ心労を感じていた。
(シルヴェスター様があんなに手強いなんて、聞いてないわよ)
フェルミナに対抗するどころではない。
あれからというもの、会話の節々でシルヴェスターはクラウディアから何かを引き出そうとし、お茶会の後半は胃に穴が空きそうだった。
幸い十分な知識があったので、ミスを犯すことはなかったけれど、もう一対一でのお茶会は勘弁願いたい。
(共通の家庭教師がいるおかげで、バカなふりもできないし)
刺繍の腕前だけじゃなく、学業の成績もシルヴェスターには筒抜けだった。
会話は弾んだが、それも表面的なものでしかない。
一時間に満たない交流だったけれど、永遠にも思える時間、気を張り続けていた。
(ボロを出せば、そこから責めてくる雰囲気だったわよね。わたくし、やっぱり嫌われているのかしら……いっそ責められれば良かった? あぁ、もうっ、正解がわからないわ!)
正直なところ、フェルミナのことで手いっぱいなのだ。
シルヴェスターとの交流は重荷でしかない。
今後もあのような化かし合いが続くなら、フェルミナに押し付けたくもなる。
(けど、あの悪女に権力を握らせたくはないのよね)
そうなれば、断罪の二の舞だ。
権力を持ったフェルミナは、すぐにクラウディアを排除しようとするに違いない。
自分の身を守るためにも、現状を維持するしかなかった。
気持ちは晴れないものの、ベッドの柔らかさが疲れを癒やしてくれたのか、自然と瞼が下がっていく。
知らず寝入ってしまったクラウディアを起こしたのは、侍女長のマーサだった。
「クラウディア様っ、なんてはしたない格好で寝ているのですか! ベッドに入られるなら掛け布団を被ってください、風邪をひきますよ!」
(ベッドで寝ているのに、はしたないもないでしょうに……)
言い返したくなる気持ちをぐっと堪える。
ベッドでダイブしたままの寝姿以上に、風邪をひくのを心配してくれたのだとわかったからだ。
「ベッドに横になられる場合は、枕に頭をのせて」
「ごめんなさい、次から気を付けます」
しかしお小言が終わりそうになかったので、しおらしく謝る。
そのあと母親の姿勢を真似て背筋を伸ばせば、マーサは満足げに頷いて引き下がった。
どうやらマーサは、母親の力強い姿に憧れていたらしい。
(シルヴェスター様も、これぐらい扱いやすかったらいいのだけど)
「ではクラウディア様、身なりを整えてくださいませ。旦那様がご帰宅されます」
「お父様が? あまり間が空いていないわね」
「殿下とのお茶会を気にしておられるのではないでしょうか。それと旦那様がお屋敷に帰られるのは、普通のことです」
なるほど、とマーサに頷きながらも、普通じゃないのが今までの父親だった。
シルヴェスターとのお茶会を基点に、流れが変わってきているのだろうか。
(きまぐれな神様も楽しんでくれているかしら)
ヘレンについて祈ったとき、そういう約束をした。
だからこそ、未来は変えられると信じられているところもある。
(じゃなきゃ、人生をやり直す意味なんてないものね)
今まで放置していたクセに、自分にとって都合が良いと干渉してくる父親には辟易するが。
これもヘレンのため、とクラウディアは拳を握る。
彼女の娼館行きを止めるのに、父親の協力があって困ることはない。
侍女たちに頼んで情報は集めてもらっている。
残念ながら状況的に伯爵家の没落は止められないが、ヘレンはまだ救える可能性があった。
(お父様の機嫌が良さそうだったら、そろそろヘレンのことも相談してみましょうか)
伯爵家没落後、ヘレンはお金に困って娼館に身を売ったと聞いていた。その頃には他家に働きにいく伝手もなくなっていたと。
娼館へ行く前のヘレンは貴族令嬢でしかなく、働くという意識が薄かった。彼女もクラウディアと同じく、娼館で人生を学んだのだ。
生活できるお金があればいいのなら、公爵家で侍女として雇えばいい。
今ならクラウディアという「本人も知らない」伝手がある。
自分の心情にさえ目を瞑れば、シルヴェスターとのお茶会は成功したといっても差し支えない。
これをカードに、クラウディアは父親と交渉することを決めた。