3度目。
待ちに待った休日。
いつもより少しだけ派手目な服装を選んだ。
田舎育ちのせいか、ちょっと虚勢を張りたくなっちゃうの。
駅に着くと、サトツさんが改札のすぐ横で待っていてくれた。
今日もかっこいい。
『行こうか』
と言って自然に手を差し出すサトツさん。
恐る恐る握ると、そのまま歩き出した。
あぁ、本当にデートみたい。
1ヶ月ぶりに会ったからか、好きって自覚したせいなのか、すごくドキドキした。
しばらく歩いて人通りの少ない場所にあるカフェに入ると、窓際のソファ席は対面ではなく横並びになっていた。
サトツさんが座った隣に腰を下ろす。
近い。
どうしよう。
心臓の音、聞こえちゃいそう。
『何にする?』
体温が上がって火照った身体を鎮めるために、アイスレモンティを頼んだ。
サトツさんは温かい紅茶。
ドキドキしすぎて、間が気まずくて落ち着かない。
『こんな席があるんですね!』と言うとサトツさんは腰に手を回してきた。
びっくりして変な声が出そうになった。恥ずかしい。
覗き見るようにチラッと横を見ると、なんだかいたずらっ子みたいな顔でこちらを見ているサトツさん。
『…からかってます?』
『いや、可愛いなと思って』
…完全にからかわれてる。
わざと腕に体重をかけてもたれる。
クスクスと笑うサトツさん。
そこに飲み物が運ばれてきた。
相変わらず腰に回された手はそのまま。
体勢を直してストローに口をつけた。
『あの曲、どうだった?』
さっきまでのからかう様子はなく、いつも通り穏やかな笑みで聞かれた。
『すごく好きな感じ!バラードほどしっとりしてないけど、ゆったりと歌い込めるってゆうか…キーが声にあっていてすごく歌いやすい』
上手い言葉が見つからなくて変な感想になってしまったが、本当に歌いやすい。
高音部分も声を出しやすい高さで無理なく歌えるし、かと言って単調なわけでもなくて…。
いつの間にか緊張は解けて、自然に話せた。
その間も手は腰に回されたままなんだけどね。
ひとしきり曲の感想を話して、移動する事に。
今日は行き先を知らされないまま、にサトツさんについて行くスタイルなのかな?
電車で何駅か移動して、そこからタクシーに乗った。
着いた先は中層階の雑居ビル。
中に入ると、小部屋がいくつかあり、少しづついろんな音が聞こえて来る。
防音の貸しスペースらしくて、楽器や歌の練習で使う場所になっているみたい。
その中の1室に入る。
ピアノと小さな椅子が1脚置かれているだけで他には何もない。
『それじゃ、歌って見せて』
実は、昨日会社帰りに1人でカラオケへ行った。
ヒトカラデビュー!
アパートで歌うわけには行かないし、車の中じゃ集中できないし…。
実際に歌ってみるとキーは歌いやすいけれど、表現が難しい。
サトツさんの歌はわざと単調に歌っている様に聴こえて、その通りに歌ってみるとなんともつまらなく聴こえた。
サトツさんが歌うと様になってるのに…。
そうして1人でひたすら歌いまくって、付け焼き刃ではあるが、なんとか歌いこなしてきた。
サトツさんがピアノの前に座って弾き始める。
CDと同じイントロ。
そういえばサトツさんはどのパートなんだろう?
これだけピアノが弾けるならキーボードとか?
歌い終わると、サトツさんからいくつか指導が入った。
直して歌って、直して歌って、何度も繰り返してようやくサトツさんのOKが出た。
長い時間経った様な気がしたけれど、歌っている時間はそれほどでもなかった。
最後に録音しながら通して歌って、サトツさんの『お疲れ様』の声で終わった。
こんなに同じ歌ばかり歌うの初めて。
頭の中でずっと流れてる。
『もうこんな時間か…。今日は泊まって行ける?大丈夫なら泊まる場所は用意できるけど。』
携帯を開いて時間を見ると18時を過ぎていた。
翌日も特に予定は入れていなかったし、サトツさんとまだ一緒にいたかったので泊まって行く事にした。
『りえは普段お酒とか飲むの?』
『全くダメなんです。すごく弱くて、3口くらい飲んだら酔っ払っちゃう』
声を出して笑われた。
それから夕食を食べに行き、サトツさんに勧められて少しだけシャンパンを飲んだ。
すぐ酔っちゃうけど、お酒は嫌いじゃないんだよね。
夜景が綺麗に見えるレストランで、少しだけ大人になった気がした。
こんなことなら、もっと大人っぽい服を着てくればよかったなぁ。
……あ!
泊まるのはいいけど、着替えがないや。
『サトツさん、よく考えたら明日の着替えがなかった…。もう今からじゃ開いてるお店ないかな?』
『大丈夫だよ』と言ってサトツさんが連れて行ってくれたお店は、大きくないけれど、とてもセンスが良くて品揃えも豊富だった。
…お値段も良かったけどね。
クレジットカードで買えば大丈夫!
…あとで分割にしよう。
スカートとインナー、それと薄手のニットと、こっそり下着を選んで試着。
可愛い。
あ、私が、じゃなくて服がね。
たまには贅沢してもいいよね!
そのまま店員さんに『これお願いします』と渡すと包んでくれた。
サトツさんがショップの袋を持つとそのままお店を出て行く。
店員さんに『お会計…』と言いかけると、『いただいております』と言われた。
慌ててサトツさんを追いかける。
『サトツさん、お会計…『気にしないで。俺がしたいだけだから。』
言葉を遮られて、それ以上は何も言えなかったので『ありがとう』とだけ言った。
サトツさんは笑顔で手を差し出す。
もう当たり前みたいに手を繋いで歩く。
川沿いの道を少し歩いてベンチに腰掛ける。
辺りはもう暗くて、等間隔に並んだ外灯の光と、遠くに見える夜景だけが輝いていた。
人通りも少なく、昼間カフェと違って今度は自然と隣に座れた。