反省。
翌朝、目を覚ますとサトツさんからメールと着信があった。
連絡がないことで体調を心配してくれている様だった。
勝手に不貞腐れて無視してしまったことに、申し訳ない気持ちになった。
『昨日は帰ってすぐ寝てしまったのでメールを返せなくてごめんなさい。ゆっくり休んだお陰ですっかり元気になったよ』
直ぐにメールが届く。
『元気になったらなら良かった。途中で行き倒れになっていたらどうしようかと思った』
…それはとても心配ですね。
うん、でも本当にゆっくり休んだお陰か、少し気分も晴れた。
見学も断ろうかと思っていたけれど、サトツさんが折角紹介してくれたし、深谷さんも忙しい中時間を作ってくれたんだ。
それに、トレーニングに通いたいと言い出したのは他でもない私自身。
昨日は2人の仲の良さそうな姿を見て勝手にヤキモチ焼いてしまったけれど、少なくともサトツさんにとって私は体調を心配してくれる程度には気にかけてもらえてる存在。
深谷さんだって、いい人なんだろうなぁ、と言うのはわかった。
だからこそ、そんな2人に気を使われて、不貞腐れて嫌な態度を取ってしまった自分が恥ずかしい。
…やっぱりちょっと落ち込む。
ううん!
とにかく、見学に行ってこよう。
行ってから考えればいいや。
2日後に見学の予定を入れてもらっている。
職場から片道40分弱くらいかな。
その日は直ぐにやってきて、仕事帰りに直接向かう。
ちょうど帰宅ラッシュに巻き込まれて、いつもより少し時間が掛かってしまったが、なんとか約束の時間には間に合った。
入口を入ると、少し広めのスペースに簡単なカウンターと、ソファーやテーブル・イスなどか設置されている。
何人かがそこで談笑をしたり、中にはヘッドフォンをしている人や、読書に勤しんでいたり、思い思いに過ごしていた。
カウンターには深谷さんがいて、私を見つけると軽く手を振ってくれた。
近づいて行くとカウンターから出てきて、空いているテーブルへと促された。
『スタジオやレッスン室を見てもらいたかったんだけど、今は使用中だから先に説明だけしちゃうね!』
そう言いながら、パンフレットを渡された。
ペラペラとめくっていくと、写真入りの講師の紹介ページがあり、深谷さんも載っていた。
それからレッスンの内容を詳しく説明してもらって、他にも年に2回発表会がある事も教えてもらった。
発表会かぁ。
人前で歌うなんて…。
いやいや、私、一応バンドやってるんだから人前で歌えなきゃダメじゃん!
ここに通っている人達はみんな素人で、中にはプロを目指してる人もいるかもしれないけど、とにかく歌が好きな人ばっかりなんだよね。
深谷さんの話を聞いて、楽しくなってきた。
『深谷さん、私も会員になりたいです!』
そう言うと、深谷さんは嬉しそうに笑った。
『ところで、その【深谷さん】て呼ぶのやめない?ここの子達はみんな名前で呼ぶし、改まって呼ばれるの慣れないんだよね』
『…さゆりさん?』
『うん!それじゃあ、改めてよろしくね、りえちゃん』
なんだか嬉しくなって私も笑った。
『それじゃ、この入会届けと契約書を書いてもらえるかな?』
差し出された書類には会員規約などか書かれていた。
なんて事ない、普通の内容。
あれ?そういえば月謝のことが書いてないや。
『さゆりさん、月謝ってどれくらいですか?』
『あぁ、それはリ……、サトツさんに請求する様に言われてるから気にしないで。経費ででも落とすんでしょ。』
経費?何の?
『それってどう言う…『とりあえず、詳しい事はサトツさんに聞いてみて。うちはこの入会届けと契約書を書いて貰えば大丈夫だから。』
被せ気味に遮られた。
これ以上話す気はないってこと?
書類を書き終わった頃、ちょうどレッスン室が空いた様で、一通り見学させてもらってからその日は帰宅した。
家に帰ると直ぐにサトツさんにメールをした。
『今日は見学に行ってきたよ。少し話せるかな?』
5分もしない内にサトツさんから着信があった。
前から思ってたけど、サトツさんてレスポンス早いよね?
見学へ行ったこと、入会したことを報告した。
それから、月謝の話。
『サトツさん、さゆりさんから月謝はいらないと言われたんだけど、それくらいはちゃんと自分で支払うからサトツさんからも私に請求する様に言ってほしいの。』
『そんな事気にしないで。りえはレッスン頑張ってくればいいんだよ。』
実は知り合ってからこっち、会う度にかかる支払いの全てをサトツさんが持ってくれていた。
ボイストレーニングは私がやりたいと言い出した事だし、個人的な事なので流石にそこまで負担をかけられない。
食い下がると、その話は今度ゆっくりしようと言われてしまった。
『今はバタついてて時間を作れないけど、来月の1週目で空いてる日ある?』
慌ててスケジュール帳を開いて休日を確認する。
3週間後に会うことになった。
…またしばらく会えないんだ。
そう思うと、前回勝手に不貞腐れて帰ってしまったことが悔やまれる。




