憂鬱の種。
電車を降りると、駅を出てすぐのビルの1階にあるカフェに入った。
注文品が届くと同時に【その人】は現れた。
『お待たせ。遅くなってごめんなさいね。』
ふわっと良い香りがして、ロングヘアの女性が向かいの席に座った。
『お待たせしちゃったかな?ごめんなさい』
黒髪にモノトーンで統一されたファッション。
決して派手ではないのに妙に華がある。
何より、同性の私でも見惚れてしまうほどの色香が漂っている。
整いすぎた顔立ちは一見すると冷たい印象を抱いてしまいそうだが、笑顔と彼女から発せられた第一声のおかげで妙に人懐こい印象となった。
サトツさんと女性は冗談交じりの軽い挨拶を交わすと、私を紹介してくれた。
『初めまして。深谷と申します。このビルの3階でボイストレーナーをしています。』
差し出された名刺を見ると正に今いるビルの名前とスタジオの名称、それに【トレーナー 深谷 紗由理】と書かれていた。
こんなに綺麗でスタイルも良くて、おまけに歌まで上手いなんて…。現実にこんな人いるんだぁ。
その後もサトツさんと深谷さんは親しげに談笑していた。
私と2人の時とは打って変わってとても楽しそう。
サトツさんも深谷さんも、私にも話を振ってくれたりと気を使ってくれたが、なんだか疎外感を感じて愛想笑いをするくらいしか出来なかった。
入会するかはさておき、とにかく一度見学に来ないかと誘われた。
正直なところ、深谷さんはきっと悪い人ではないと思うが、この人にまた会うと思うと気が重い。
劣等感で押しつぶされそうになる。
それでも、折角紹介してくれたサトツさんと、忙しいなかわざわざ時間を作ってくれた深谷さんに申し訳ないという気持ちから、見学の約束だけさせてもらった。
サトツさんは帰りの電車の中で、行きのよそよそしさと違って深谷さんの事を楽しげに語ってくれた。
私の中では深谷さんがとても素敵な女性だと言うことが嫌と言うほど刻みつけられ、そして少し嫌いになった。
待ち合わせ場所だった駅まで戻ると、私は少し気分が優れないと嘘をついて早々に解散した。
あんなに会いたかったサトツさんと一緒にいるのがとても苦痛に感じられた。
八つ当たりだと分かっているが、深谷さんがいなければ…なんて考えてしまう。
そんな自分が嫌で、ますます暗い気持ちになった。
家に帰る前にはサトツさんからメールが届いた。
私の体調を心配してくれて、その優しさに涙が出る。
普段ならすぐに返信するところだけど、そのまま携帯を閉じて車に乗った。




