この後、彼らは無事卒業したようです。
高二になっても、男子が休み時間にやることは中学生と大して変わらない。もっとも、プロレス技や下ネタは少し高度になったけれど。そして、取っ組み合っている途中で制服のボタンがどこかに飛んでいくというアクシデントもあまり珍しくもないわけで。
「西島ァ、売店で買ってこい!今日買え‼」
俺は、翌日の朝っぱらから校門前で生徒指導の先生に小突かれたりしているのだ。明日までに付けてこないと反省文、だそうだ。この売店というのがなかなか高くて、ちゃちなボタン一個が二百円もする。学校ブランド、恐るべし。
「あーあ、痛い出費だな」
などと級友にぼやきつつ、四限前の十五分休みに買おうと決める。五限に課題提出があるので、売店に行く時間がまた痛い。二重のロスにげんなりしたその時だった。
「にーしじーまくんっ」
突然背中をど突かれて俺は咳き込んだ。振り向くまでもなく相手は分かっていた。二年間同クラの城野有季だ。
「ゴホゴホッ…いきなり何だよ」
分かってはいるが一応振り向く。城野はいつもの満面の笑みで
「これ、なーんだ」
その右手に乗っていたのは、俺が今一番欲しい物だった。
「従兄がここ出身でさー。卒業する時に貰ったんだよね第二ボタン!困ってそうだから西島君、受け取ってくれ!勿論ただでとはいわない」
そういって彼女は左手の親指と人差し指で円を作った。ビミョーに使い方違くないか?と突っ込むと、お返しに膝裏ローキックを放ってきた。高校入学以来の腐れ縁である彼女は、その攻撃的な性格の中に男子への苗字呼び君付けが取れないシャイな一面を併せ持っている。そのチラリズムが何とも言えない、などと口走ろうものなら、本気で引かれた挙句学校の裏山に埋められそうなので心の奥にしまっておくことにしている。
「いくら…ですか?姐さん」
「ふっふーん、安いよ?なんと一個五十円!」
予想外に良心的な値段だ。てっきり某お高いアイスクリームでも要求されるのかと思っていた。実際彼女はそれくらいのことはやりかねないのだ。なにがともあれ渡りに船、俺は迷わずそれを買い取った。彼女がやけに嬉しそうな顔をしていたので思わず可愛いと口走りそうになるが(以下略)
それにしても、
「綺麗なボタンだな…」
荒っぽく扱うので傷の入っている俺のものとは大違いだ。きっとその従兄はプロレスなんてしたことがないのだろう。
その出来事を、長い間俺は忘れていた。
一年ほど経った今日、卒業式の日、俺は突然城野に呼び出された。戸惑いと訝しさとわずかな期待を心中に渦巻かせ、俺は指定された空き教室に足を踏み入れた。果たして、彼女は泣き笑いのような表情を浮かべてそこにいた。
「五十円」
城野はいきなり俺の手に硬貨を押し付けてきた。
「返すから……ボタン…返して。二番目を―――慎吾くん」
いきなり呼ばれた下の名前に、俺は全てを理解した。
「お前、実は従兄いないだろ。―――慣れないことするもんじゃねーぞ。似合わんから」
彼女は多分、一年も前から周到な計画を練っていたのだ。あまりに拙く、気の長い計画を。でも俺も同じだった。結局、三年間心の奥に変わらない想いをしまっていたのだから。
学ランの上を脱いだ。
「どうせならこれごとやるよ――有季」
言葉の意味が分かったらしく、数秒遅れで有季が真っ赤になって俯いた。思わず抱きしめると、彼女は調子に乗るな、と精一杯凄んでみせた。