海の遠くの
陽がまだ沈みきらないけれど、だいぶ傾きかけた頃、新しく出来た海沿いの大きな道を車で走った。
広く取られた歩道と防波堤には、若いカップルや夕暮れを眺めに来た人がポツポツと並んで、写真を撮ったり寛いだりしながら過ごしている。それは大体の海辺でよく繰り広げられる光景で、なんとなく安心してしまう。
薄いピンクと擦りきれたブルー、そして目映いばかりの黄金色。刻一刻と変わる色彩に、素晴らしい配置で低い雲がもの悲しい陰影をつけながら浮かんでいる。その下には針金のような銀色の海が瞬いて穏やかに広がっていた。
私は助手席の窓から、サイドミラーからその光景を流し見て、その美しさにただ圧倒されるばかりだった。いつも、そんな時周囲に音は感じられなくて、景色が静かに浮かび上がり質感だけを残していく。
海の遠くの、また遠く。
遠くが好きだ。考えることに果てがないように思えるから。海の遠く、空の遠く、星の遠く。私の住所を銀河系から連ねて手紙を出すのだ。白い便箋に青のインクで書く「はじめまして」。だって地球は青いものだから。
信号が青になると、車は緩やかに進み次第にスピードをつけ、フロントガラスから繋がる橋への視界は大きく空へ向かう。
これからどこへ行くんだろう。そんな期待と心許なさが急に襲っては、波のようにすっかり引いていく。どこか他人事のような気持ちで海を渡れば、心は地に着いて、明日の段取りを始めてしまう。すべては片時の出来事なのだ。美しい景色も、飛ぶ思考も、着地する時間も。
宛先のない絵葉書に返事を出した。砂に文字を書くように。とりとめのないことを取り上げたら、私に何が残るだろう。だけど、そんなことは考えないことにする。きっと、ひどく味気ないから。