そろばん教室の思い出②
ところが、いつも私が漫画を読み始めて10分も経たないうちに席が空いてしまうのだ。一話完結型の漫画ならまだよい。
だが名探偵コナンの場合はそうもいかない。そろばん教室では「闇の男爵殺人事件」という話を読んでいたのだが、毎回男性が空から落ちてきて胸を貫かれる場面で終わってしまう。
そんなの続きから読んでしまえばいいじゃないか、と思うかもしれないが、私は“一続きの話を読むときは必ず最初から読みたい”という面倒なこだわりを持っていたために、毎度毎度コナン君達がその後どうなるのかという疑問を胸に抱いたままそろばんの課題をスタートするのである。
もはや目の前の計算なんてどうでもよい。私の頭の中を占めているのは「事件に巻き込まれたコナン君と蘭姉ちゃんがどうなってしまうのか」だけである。
しかも、いくら課題をこなそうと一時間経過しない限りは教室を抜けてはいけないというルールのため私のやる気は余計がた落ちする始末であった。それでも与えられた課題には真面目に取り組んでいた。全ては名探偵コナンのためなのだ。
しかし、そんな私の思いなど露知らず、早めに母親が迎えに来てしまうことがあった。私は教室の窓の外に母親の姿を見つけるたびにがっくりし、「ナイトバロンの謎はまた次に持ち越しかぁ…」と落ち込んだ。
そしてそれは私がそろばん教室をやめるまでの間に何度も繰り返され、ついに私がそろばん教室で“闇の男爵殺人事件”の解決に触れることはなかったのである。
そんな調子で漫画を読むことばかり考えていた私だが、教室に通い始めてから四回ほど経ったあたりで友人ができた。その子は“やよいちゃん”という大人っぽい女の子で、私はその“やよい”という名にエキゾチックな魅力を感じ、惹かれていた。
私とやよいちゃんはそろばん教室に行く曜日が被っていることが多く、私が教室に行くと大抵先に席に座っているやよいちゃんが私に気づき微笑みかけてくれた。
それぞれが課題をこなしているため思い切りおしゃべりすることはできないが、席が前後になると互いにちょっかいを出し合ったりし、私は普段の学校の友達とは違う特別感を感じていた。また、やよいちゃんは私よりずいぶんと前から教室に通っているらしく、私よりもはるかに難しい計算をこなしていた。
そろばん教室には長机がいくつも置かれており、子供たちはそこで課題をこなし、数問解き終わるごとに前に座る先生のもとへ課題を見せに行くというシステムであった。
先生は若くて優しい男の先生で、答が合っていれば「おっいいぞ、その調子!」、間違っていれば「ここは残念だったなぁ、もう一回やってみよう」と励まし、それでも分からない時は丁寧に教えてくれるので、私は先生のことが大好きだった。
私はそろばん自体がすごく楽しい、というわけではなかったが、もともと勉強が嫌いでなかったこともあり順調にそろばんの計算を学んでいった。