巡り行く末路
その都市は、『理不尽』にて成り立つ。
末期の魂が辿り着く、最後の拠所にして地獄。
努々忘れるな。どれだけ『力』を得たところで、対峙するものも同じ存在だということを――
「はっ、はっ、はっ――!!」
青年は駆ける。路地裏、天井、果ては空までを飛び回り、少しでも遠くへ。
彼は仲間の中で最も足が速く、常人なら視界に捕らえることも不可能だろう。
……もっとも、この都市では然程珍しい速度でなく、
「……見上げた屑っぷりだな。傀儡同様に
『魅了』で仕立て上げた仲間を囮にして、自分は逃げるか」
「!?」
追跡者にとって、青年を補足するなど造作もないことである。
「うわああああああ!!!」
半ば錯乱しながらも、青年の眼前に八芒星の円陣――魔術陣が出現し、そこから魔術の弾丸が雨あられと追跡者に降り注ぐ。
その数、数百。火・水・風・闇・光――あらゆる属性の弾丸が無詠唱で放たれる、青年の『奥の手』。人一人には過剰なまでの火力。
だが、追跡者を仕留めるに足りないのは分かっている。それでも足止めくらいには――
「……『逸脱』」
青年の目論見は、脆くも崩れ去る。追跡者が左の眼帯をずらし、金の目を露出させて一言呟くと、弾幕は誰もいない上空へ向かってしまう。
「え、な!?」
「邪魔」
驚愕に固まるのと同時、一瞬で近付いた追跡者の一閃によって、青年の両腕が宙を舞った。
「あ、あ? ああああああぁぁぁぁぁ!!?」
「……単純な構成、威力を増しただけの『魔弾』。こんなのしか使えないとは、『無限魔力』の恩恵も台無しだな」
遅れてきた痛みに絶叫する青年を、追跡者はつまらなそうに見下ろす。
痛みを耐えながら、青年は追跡者を見上げる。金の髪、左目に装飾の施された眼帯、右は黒い瞳。学生服を着込んだ少女の容貌は美しいと言えるものだが、月光を受けながら血に染まった刀を握る姿は、彼には死神としか思えない。
「鬼ごっこは終わりか? なら、お前の命もここで終わりだな」
「ま、待ってくれ! お前達『殺し屋』に手を出そうとしたのは謝る! 何だったら忠誠を誓っても――ぎゃああああ!?」
「……お前は何を言ってるんだ?」
刀を傷口に押し込みながら、追跡者は心底不思議そうに首を傾げる。
「お前に忠誠を誓わせるほどの価値があると思っているのか? どこまでも『弱い』癖に、随分と上から目線だ」
「……!」
再び絶叫しつつも、『弱い』という言葉に青年は歯噛みする。ふざけるな、俺は変わったんだと。
(状況は最悪だが、アイツに俺を殺す気はない。合流ポイントまで行ければ――)
何とか追跡者の隙を窺う。合流ポイントには、先程の倍のメンバーが――
「あ、お姉ちゃーん」
そこに、場違いなほど明るい声が青年の後ろから聞こえてくる。振り向くと、そこには追跡者と同じ制服を着込み、毛先が銀に染まった金の髪を持つ少女が、朗らかな笑みを追跡者に向けながら歩いてくる。
いや、それよりも銀の少女が持っているものは――
「ん? 何この、私とお姉ちゃんの間にとどまってるゴミ」
邪魔、と青年は無造作に蹴り飛ばされる。
「が、は!?」
壁に激突し、肺の空気と血が無理矢理吐き出される。が、瞳だけは銀の少女に――正確には、彼女が持つものから離せない。
「お姉ちゃん、言われた通り拠点を潰してきたよー。ついでに味方してた奴も全部殺してきたから」
「ご苦労様、さやか。仕事が早くて助かるわ」
姉と呼ばれた追跡者は、先程とは別人のように柔らかな顔となり、さやかと呼ばれた少女も嬉しそうに微笑んでいる。ここに倒れている青年がいなければ、あるいは微笑ましい日常の光景なのだろう。
「えへへー、もっと褒めて褒めてー。で、これ(・・)どうすればいいかな?」
「持ってくればいいだけだから、あれに返してあげなさい」
「? あ、アイツ標的だったんだ。じゃあ、ポイっと」
銀混じりの少女は持っていたもの――青年の仲間であったものの首を投げつける。地面に血を撒きながら青年の元へ転がっていき、どれも苦悶の表情を浮かべていた。
「な、あ――」
「何だ、死体でどうよ――」
「あ、あり得ない、あり得ないだろう!? 八人だぞ、全員戦闘力では襲撃のメンバーにも引けをとらな――がっ!?」
「お前さあ、お姉ちゃんの話を遮るとか死ぬの? 死んで詫びるしかないよね?」
銀の少女が抜いた長刀に右胸を貫かれ、そのまま宙吊りにされる。またも叫びそうになるが、青年を人として見ていない視線への恐怖が勝った。
「ねーお姉ちゃん、このうるさいの殺しちゃっていいよね。ゴミだし、虫の息だし」
「そうね、もう必要ないから処理しちゃっていいわ」
本当にゴミを処理するような、何気ない会話。彼女達にとって、自分を殺すなど記憶にもとどまらないのだろう。
青年は恐怖し、ようやく理解し、そして強く想う。死にたくない、と。
「あ……ぎ……が……ぢに、たく、ない……」
言葉と共に、涙も流れる。この上なく惨めだが、最早体面を取り繕うことなど出来ない。
「ふうん。お前、助かりたいのか?」
金の少女が、串刺し状態の青年を興味なさげに見上げる。それでも青年は必死に命乞いをする。
「たず……けて。たのむ、から……」
「口の利き方を」
「まあ待ちなさいさやか。……ふむ、なら助けてやってもいいぞ」
金の少女は笑みを浮かべる。出血と耐えぬ痛みで意識が朦朧とする青年には、それが慈悲深いものに見えた。
だからこそ気付かない。少女が自分に向ける目は、路傍の石に対するのと同じものだと。形の良い口元には、歪な愉悦の笑みが刻まれていることを。
「死ぬことで苦痛から解放される。それも助けることだろう?」
死にゆくもの、末期は無惨に花開け
詠唱と同時、金の少女の白い手が伸ばされる。そして、青年の胸板を貫いた。
「が、あ?
……あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
一瞬の困惑、そして三度の絶叫。内側から杭が突き出してくるような激痛が、青年の心身を蝕んでいく。
痛い痛いイタイやめて泊めて助けて死にたくない死にたくない痛いのはやだ終わらせて死なせて死なせて死なせてぇ!!
永遠とも思える苦痛の中、青年の心は木っ端微塵に破壊される。そうして二度止め座なかったのは、ある種幸運なのだろう。
「……脆すぎ」
一分も掛からずにショック死した男――覚える意味がないので名前は知らない――をつまらなそうに見据え、金の少女は無造作に首を刎ねる。すると首はどこかへ消え、宙吊りにされたままの身体だけが残る。
「貯蔵完了、と。容量だけは無駄に多いわよね、こいつら。
さやか、そっちの後始末はお願いしていい?」
「お姉ちゃんの頼みとあらばどんなことでも!」
嬉しそうに敬礼して答える銀の少女――妃さやかに金の少女――妃あやめは苦笑し、先程妹が投げ捨てた八人の首に刃を突き立てる。それらは男のものと同様、溶けるように消えていった。
「……はあ」
酷薄な笑みは既になく、少女の口から出るのは憂鬱の溜息。
「出てくるのは小粒の転生者(羽虫)……ほんと、こんなのばっかり相手とかやめて欲しいわ」
「お姉ちゃん、何か嫌なことでもあった?」
後始末を終えたさやかが、心配そうに姉を見詰める。自分と比べても色々とんでるが、姉のことには人一倍敏感だ。
「何でもないわ。でも、ちょっと飲みたい気分ね」
「そう言うと思って、お姉ちゃん用のハイボールを買っておきました! 箱で!」
「さやかはよく気付くし、準備もしてくれるいい子ね」
頭を撫でられ、さやかはえへへーと幸せそうに顔がとろける。
二人の少女は、薄暗い場所から立ち去る。凄惨な血の現場など、まるで無かったかのように。あるいは、気にするほどのことではないと言わんばかりに。
彼女達が特別凄惨に非ず、これは『日常』の一部である。
この都市の名は『ヘレシー・ディスポール』。通称『転生都市』。最強・万能を望んだ転生者すら容易く消えてなくなる魔窟にして、最後の『異世界』である。
妃あやめ
『殺し屋』の一員。転生者に非ず。
妃さやか
『殺し屋』の一員。姉を慕う。
青年
無謀なる新参者。成り上がりを目指した結果、仲間と共に無惨な最期を迎えた。
無限魔力
青年の『与えられた』能力。文字通り、体内で無限に魔力を精製できる。
『逸脱』
妃さやかの魔眼の一つ、『念力』。物体だけでなく魔術も捻じ曲げる。
死にゆくもの、末期は無惨に花開け
苦痛の幻視。全身を貫かれる錯覚。
『殺し屋』
六の組織の一つ。詳細は次話以降に。
ヘレシー・ディスポール
訳は『異教の廃棄場』
転生都市
魔術・科学・気功・言論。如何なる形の暴力も許容する都市。
後書き
全力の趣味でお試しに書いてみました。
名前ありのキャラは友人からネタを提供していただきました。ありがとうございます。
では『転生都市』、次回はより無惨と一欠片の暖かさを――