行きずりの微笑み
1.福島で
ここは北国福島市。
信夫山から見る風景は、さまざまな色がある。山と緑と川の流れに、私は音も感じてしまう。街に見えるのは何のビルだろう。市役所か、消防署か、企業か。どこの街にも息づく人々の営みは変わらない。彼らは仕事をしてはいる。しかし私には音楽を奏でている楽団を想像する。信夫山からの広大な風景にほだされたのだろうか。
街に下ってみる。そこには福島県の行政をになう、市民の姿が躍動する。どの顔もたくましい東北人。些細な事にはくじけない。原発事故などなんのその。行動しなければ何も出来ない。
ふとNデパ-トに立ち寄った。福島のお土産を買っていこう。絵葉書や茶わんが並んでいた。売り子の女性は小柄で若々しい。
「これなんか、いかがでしょう」
「ああ、きれいな人形ですね。でも私は男ですので、人形は・・・」
その時私をじっと見つめるその目が、売り子さんから別の女性に変わった目になり息を飲んだ。
ニヤリとも感じる顔の表情は、別人になったみたいだった。
彼女の目は私に向かって、矢のように突き刺さった。
「記念にもなりますし、お渡しされる方も喜ぶかと」
「は、はい。ではそれをお願いします」
私には女性の友人はいなかった。人形を渡す相手はいない。でも自然に買い求めた。代金を払って品物をもらう時に、その子はまた別な目で微笑んだ。
その場を去った時に、ふとその売り場を見返すと、なんと彼女はまだ私を見つめていた。
その人形は今でも自室の棚に飾ってある。男の部屋には不釣り合いだ。でも手放せない。人形は福島の民芸品のようだが、私は見るたびにあの売り子さんの微笑みを考える。販売利益の為に作った笑顔か。とてもそうは思えない。まさか私に好意。いや、女性の友達のいない私にとって、万が一にもあり得ない。田舎者の私へのからかいか。そんな目ではないと思う。
神秘的な目。自分とは別の世界からの語る目。
2.京都で
古都京都に旅立った。いつも通りの気軽な一人旅。旅ぐらい好き放題にしたいので、私はめったに人とは旅立たない。華やかな金閣寺。しっとりとした銀閣寺。有名な清水寺。連休中でも忙しいスケジュールだった。
今度は広隆寺に行ってみよう。有名な弥勒菩薩を尋ねに電車に乗った。場所の「太秦」がどうしても正確に読めなかった。乗った電車が着いたひらがなで書かれた或る駅を、ここだろうと思いこんで降りてみたが、道順はサッパリ分からない。ポカンとしていた私に、後ろから女性の声がした。
「どしたん?」小柄な女子高生だった。
「広隆寺に行きたいのですが、道が分からなくて」
「ああ、ここ違います。広隆寺はウズマサ駅」
案内板を指で差してくれたのは、三つ前の太秦駅だった。
「ああそうですか。漢字が読めなかった」
「間違えなはった」
ニツと笑った彼女の眼は、まるでいつかの福島の売り子さん。
「ありがとうございます。田舎者でして」
「ほな、お気をつけて」
丁寧に声を掛けてくれて微笑んでくれた。またポカンとし出した私に、彼女は振り返り再度「ニツ」。
たどり着いた広隆寺の弥勒菩薩は、写真とはまた違う風情で出迎えてくれた。しかしなんと私は仏像より先ほどの女子高生の目が印象に残っていた。あの微笑みは何だろう。「ニツ」の意味は・・・。
その時弥勒菩薩は語りかけたみたいだった。「おまえさん。私は弥勒菩薩ではないぞ。彼女が菩薩だ」と。広隆寺の壁もこらえきれずに笑い出したみたいだ。
せっかくの国宝鑑賞も、ただポカンのひとときになってしまった。
3.鳥取で
美しいはずの鳥取の海岸。砂丘で有名だが、我々観光客の足跡で見る影もない。むしろ本の写真で知った砂丘のほうがはるかに美しい。早起きして朝早くからもう一度見たかったが、めんどくさくなってしまった。絵葉書でも買って我慢しよう。
浜辺を背にして土産売り場をのぞいてみた。応対してくれたのはやや厚めの化粧をした女性販売員。絵葉書を注文して、美しい夜明け砂丘の写真を手に取った。
「こちらのほうが綺麗ですね。実際は足跡だらけで残念です」
「ええ、そうですね」
「朝早く来ると、足跡はないのですか」
「そうですねえ。その時の天候や風にもよりますし」
「美しい砂丘。絵葉書で我慢します」
その時彼女は目を上げて、しばらく見つめてまた微笑。福島や京都と同じくこれで三回目。
ふと隣にあった鏡をのぞきこんだ。特に私の顔には変な物は付いていない。
微笑の理由を聞こうかと思ったが、あえてやめた。聞き方が分からなかったのだ。
品物を渡された時に、思い切ってまた彼女を見たら、やはり同じく目は私に定まり、微笑の顔は動かなかった。彼女の笑顔が大きくなってきた。
私は震える手で代金を渡して、釣銭を受け取った。
店を去る時は「ありがとうございました」と言われたが、もはや彼女を正視出来なかった。店も振り返ることが出来ずに、速足で去った。
4.その後
私には姉も妹もいない。武骨な田舎者がゆえに女友達もいない。顔だちもいたって平凡である。人との会話でも魅力ある軽妙な表現すら出来ない。もちろん男だから女性に興味がないわけではないが、全く別世界の事であった。
でも、ふと考えてしまう。
こんな私がなぜ彼女達にじっと見られたのだろう。なぜ微笑えまれたのだろう。
いや、ただ私が微笑まれたと思っているだけかもしれない。女性に縁のない田舎男が、こころの片隅で知らず知らずのうちに、彼女達の好意を欲しがっていたかもしれない。
それともポカンとしがちな私に、彼女達は敏感に好意らしきものを見抜いたつもりで、可笑しかったのかもしれない。「この田舎男さんは、私に見とれているの。」とでも思ったのだろうか。
もしかして彼女達は男のお客に見られ慣れて、自分の容姿に自信を持っていたのだろうか。
ほかには・・・。
だいいち、そもそもこんなささいな事に、なぜ私はこだわってしまうのだろうか。
信夫山は、弥勒菩薩は、砂丘は、なぜ思い出さないのだろう。彼女達はどこにでもいる、普通の女性ではないか。
女性の目は確かに美しい。しかし怖い。驚くほど冷静なのだろう。私には世界が違う。
旅先で買った様々な土産を見ながら、自室にて一人相撲をとっている私であった。
〈了〉