[3]
<4>
寮に着くと、真琴?さんはすぐに部屋に入れてくれた。僕たちが名乗ったときも焦った様子はない。
「あなたが真琴さんですよね?ここには、あなたの義理のお父さんから聞いてきたから。」
「そうです。私が真琴です。苗字は嫌いなので名乗らないし、呼ばないでください。お願いします。」
そう言うと、真琴は冷蔵庫から、牛乳パックに入ったアップルティーを取り出し、僕と真弓のコップに入れてくれた。ありがとうと真弓は小さく言って頭を下げた。年上とは思えない行動で真琴はびっくりしている。コップに入ったアップルティーを少しだけ飲んで真琴の目を見た。
「じゃあ、いくつか質問するから即答して。答えたくないものがあるなら、答えたくないと言ってくれればいい。」
「分かった。」
「OK。じゃ、君は紅茶とコーヒー、どっち派?」
「紅茶。特にアップルティーが好き。」
「音楽は聞く?聞くならどんなのを聞くの?」
「音楽は大好き。だから何でも聞く。」
僕は、口の場所に手を置き、品を見るように真琴のことを観察した。真琴も無意識なのかそうじゃないのかは分からないがこちらが本当は何が聞きたいのかを探ってきている。面白い。
「最後の質問。お母さんが死んだとき、どう思った?クルマにひかれて死んだんだけど。」
「私はあの人のことが大嫌いだけど、あんな酷い死に方するような人じゃなかった。ひかれて死ぬなんて。あんな道路の端で。」
「分かった、ありがとう。真弓、帰ろう。」
僕は出された紅茶を全て飲み干してから、立ち上がり、ドアに向かった。真弓も慌てて立ち上がる。そして大きく頭を下げてから部屋から出た。そのとき、僕は真弓を待たずに来た車に向かっていた。小走りでこちらに来て、息切れしながら僕が何かを言うのを待っていた。その小動物のような態度が少し可愛いかった。
「何がわかったんですか?」
「楽しみに取っておきたくない?」
僕は笑った。作り笑いではなく、本当に面白くてだ。だが真弓は何も面白くないという顔をしている。早く話せという顔だった。
「いえ、今すぐ知りたいです。」
「ふーん。でも教えない。秘密。」
「何も分かっていないんですね。」
「そうとも言う。」
真弓を小馬鹿にするように笑って車に向かった。悔しそうに真弓は僕の後ろについてきた。そして大きな溜め息をした。
「面白くなるぞ。」
また、大きな溜め息をついた真弓は仕方なく、鍵で車のドアをを開けた。僕は助手席に乗り込み、真弓が運転席に乗るのを待った。
安全運転だった。いつもと変わらない。だが、そこには真弓のイライラが感じられた。真弓はとても優しいが鈍い。話を聞くときも相手をうたがうのではなく、信じて聞く。普段ならそれで構わないのだが、相手が犯人か、そうじゃないかを考える時に、真弓のそれは無駄になる。それでも何処かで僕はそんな真弓に変わって欲しくなかった。
「誰が怪しいかくらい教えて下さい。ヒントを下さい。」
普通に言ったつもりなのだろうが、怒り口調になっていた。いつもなら、また馬鹿にするが、怖くてちょっとできない。
「まだ、分からないが容疑者が増えた。ということは分かった。真弓、次は養子保護施設に行こう。あの夫婦が養子をもらった所。」
「分かりました。」
「よろしく、僕着くまで寝るから。着いたら起こして。」
椅子を大きく後ろに倒して目をつぶった。昨日の疲れもあり、寝るのは難しくなかった。
<5>
かなり時間がたっていた。まわりが薄暗くなっていたからすぐ分かった。
「ここに来る前に養子施設はあった?」
「はい、1つだけですがここと負けず劣らずの大きな所でした。」
「うん。」
大きい施設だった。学校ほどだろう。ここで勉強もできるというのだから、相当だ。車から降りて、じかにその場所の雰囲気に触れると、あまり良いものではなかった。子供のいるような明るい雰囲気、開放的なものではなく、閉め切ったジメジメとしたもの。そんなここがとても懐かしい。昔いた、場所に似ているからなのだろうか?
「・・・さん」
「北河さん」
大きな声だった。そんな声でないと気づかないほど深く考えていたらしい。思い出したくもないと、考えたくもないと記憶の奥底にしまっていたはずなのに。僕はこの記憶にけりをつけられていないことは分かっていたがここまでとは。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。もう今日はやめておきますか?」
「大丈夫。早く仕事を片付けたいから。それにここにもう1度来るのは嫌だしね。」
「それなら、ここで待っていてくださってもいいですけど。私、今くらいなら1人でも問題ないと思いますから。」
「優しいんだね。でもまだ大丈夫。」
ここで話を無理矢理、終わらせて歩き出した。それに気づかないほど真弓は馬鹿じゃない。それでも今は話したくない。それほど親しくないし、それを話すことは僕の内面を深く傷つけることになる。それはなんとしても阻止しなければならない。僕が僕であるために。
施設に入ってみると、沢山の子供がいる。でもどの子も笑っていない。どうも雰囲気がおかしい。昔僕がいた所より悪い。どの子も心が死んでいる。これじゃ生きた屍のようだ。
「少しだけ寄り道してから行くから、先に行っていてくれ。心配しなくても大丈夫だから、真弓。」
僕はロビーから離れて、子供部屋と思える所へ向かった。長い廊下にいくつもの教室ほどの大きさの部屋がある。そこに、沢山の子供が押し詰められていた。どの子の目を見ても光がない。いや、消されているようだ。あえて子供が光を見ないようにしているみたいだ。
水道の前まで来た。かなり遠くまで来た。水道の前に1人子供がいる。
微笑みかけた。いつも真弓がやっている作り笑いをしていた。そうするしかなかった。
「ここは楽しい?生きていて楽しい?」
子供は答えない。ひたすら僕から目をそらした。そう調教されているのかも。
「大丈夫。何かあっても僕が、僕たち警察が守ってあげるから怯えず話して。」
「僕はここから出られない。出られたとしても、僕のパパとママになりたい人が現れるか、大人になるだけ。それまで、怖い管理人さんと暮らさなきゃいけない。しかも大人になっても、お給料の少しをあげなきゃいけない。僕らは逃げられないんだ。言うことを聞かないと、お仕置きされるんだ。それ、とてもつらいんだよ。」
子供が泣きそうになっていた。
「ありがとう。もう大丈夫。」
子供の頭をなでて、僕は微笑んだ。子供の目線に合わせて、また大きく笑った。ポケットにたまたま、はいっていたキャンディを子供の手に置いた。
「頑張れば何でもできる。僕でもできたから。頑張れ。」
無責任な言葉と分かっていてもその言葉しか思いつかなかった。この言葉で自分がどれだけ苦しんできたのか、わかっているのに。最低だ。
「ありがとう。お兄さん。」
少年は笑顔になった。その笑顔に救われた。
「お兄さん、名前は?」
「北河信也。君は?」
「大空卓馬」
覚えておきたくなった。この名前を。いつかきっと活躍することを祈って。
<6>
管理人室に着いたときには、もう真弓は与えられたソファに座り、話を聞いていた。もう僕の出番はないと思い、車に戻ろうとすると真弓からSOSのときのサインが出ていた。顔からしても相当参っているらしい。可哀想に。僕もこの人から聞きたいことが山ほどあるから都合は良かった。
真弓と管理人はテーブルを挟んで向かい合って話していた。僕が座る予定の所には、コーヒーがはいったカップが置かれていた。そっと真弓の隣に座り、手前にあった、コーヒーをすする。
「私が聞きたいことはこれで以上です。これからは北河が話を聞きますのでおねがいします。」
「あなたが北河さん?随分と若いんですね。」
顎髭をなでながら管理人は言う。面白そうに言うのが何か引っかかる。こいつはスリルを楽しんでいるのか?なら相当頭がイッテイルかあたまが犯罪者脳なのかどちらかだろう。
管理人は落ち着いた様子でコーヒーをすすっている。だが、こちらのことはいつも観察している。それはこちらもだ。だからか空気が異常に重たい。
「この施設で誰かに引き取られた子供って何人くらいいます?名簿ってやっぱり残ってますよね?」
「ええ、ご希望であればお見せしますよ。それとも差し上げたほうがよろしいですか?」
「ええ、それはこちらの真弓にお願いします。僕は物をすぐに失くすので。では、いくつか質問するので答えて下さい。答えたくなければ言ってくれればこれ以上は言いません。」
「分かりました。ではどうぞ。」
管理人は笑いだした。僕がいつもやるニヤリという感じではなく、大笑いだった。声をあげて笑うというのは場が違ければ、不気味だ。僕も正直、寒気がした。
怖さを紛らすためか、僕もニヤリと笑った。
「あなたが殺したの?」
「いや、殺していない。君は率直に聞くね。面白い。君は駆け引きが得意なのかもしれないがそれは君だけじゃない。」
「なるほど・・・。あなた、マザコンですよね。16歳までママと一緒に寝てた。しかも今までその事をバレたことがない。ああ、最初は妹が好きだったんだ、つまりシスコンだろ?」
今まで前屈みになっていた管理人の体勢がソファにもたれるように後ろに倒した。そして余裕そうだった顔が少し変わった。僕は管理人を指差した。
「今、少しやばいと思ったでしょう?バレちゃいけないことも一緒にばれたんじゃないかって。ちなみにこれは答えなくていい。質問じゃないから。最後の質問。死んだ奥さんのこと、どう思う?考えて話せよ。この発言次第であんたを拘束する。牢屋にぶち込んでやる。」
「死ぬべき人ではなかった。死んでしまったことがとても残念だ。あの子達も悲しんでいることでしょうね。」
「この大嘘つきが。あんた、逮捕か任意同行どっちがいい?」
管理人は無言で立ち上がる。つまりは任意同行を選択したという事だろう。真弓は唖然としたのか口が開いていた。僕は管理人の背中に手をやり、押すようにして、前を歩かせた。帰りに、大空卓馬の横を通った。卓馬は嬉しそうだった。顔を赤くして喜んでいる。手をふってくれた。僕もウインクを返しておく。
車の後ろに手錠をかけて管理人を乗せる。運転席に乗ろうとする真弓の耳元で、
「今日、聞き込みした人、全員呼んで。この人が犯人だと伝えてあげたいから。いい?全員だよ。」
「分かりました。」
同じく耳元で真弓も答えた。
<7>
署の応接室に今日聞き込みをした、全員の人が来た。管理人は取り調べ室で真弓とおしゃべりしている。まぁ管理人は俺はやっていないとしか言わないが。今日聞き込みに協力してくれた、夫、その養子の男の子とその姉、真琴。今考えると名前を1人しか知らない。僕は全員の目をしっかりと見てから話しだした。
「みなさん、今日は協力ありがとうございました。お陰様で犯人を逮捕することができました。ですから、みなさんは犯人が誰か知る権利があると思うんです。ですから特別に許可を取りました。」
言うと、ドアが開いて真弓と管理人が部屋に入ってきた。管理人を見ると夫の優しそうで穏やかな顔が一気に変わった。
「こいつが妻を殺したんですか?こいつが!」
怒鳴るように言った。今にも殴りかかりそうだった。養子の息子はそれを見て怖がっている。
「殴るのは勝手ですが、殴れば暴行罪で逮捕しますよ。お子さんの前で逮捕されたくなければやめてください。」
「やめてよ、お父さん。」
子供に腕をつかまれ、夫は我に返ったようだ。その様子を真琴は恥ずかしそうに見ていた。額に手を当てているから相当だろう。
「でも、何故あの人が殺したんですか?あの人と妻は何も関係ないでしょう?」
「ええ、彼とあなたの妻の繋がりは、ずばり肉体関係でしょう。最近、いや子供がここに来る前、奥さん頻繁に何処かへ出かけていませんでした?」
「まぁ確かによく夜に出かけていたが。」
「あんたも認めろ。そうだろ?やってたんだろ?」
管理人を指差して言う。管理人はおどおどとした後、頷いた。今にも夫が飛びかかりそうになったが、抑えた。もっと飛びかかってもいいだろう。面白くない。
「でも何故分かった?心でも読んだのか?」
「まさか、それができたら詐欺師か占い師にでもなっているさ。夫も奥さんもまだ若い。まだまだ、性行為したら子供できるでしょう。なのに養子を選んだ。何故か。恐らく夫との性行為を拒否したんでしょう。あなたと不倫していたから。では何故あなたと不倫していると思ったのか。さっき、スマホで見たけどオタク、あんまり評判よくないよね。建物がでかいのは伝統があるだけ。しかも家の近くにここと負けず劣らずの大きな養子施設がある。そこは、評判もいい。奥さんにここがいいと言われませんでしたか?」
「まぁ言われた。」
小さく悔しそうにあったは言った。あと心の奥底では悲しんでいた。
「まだ理由がある。管理人。あんたスリルを楽しむタイプだろ。だからあんたは、あの奥さんとは結婚せず、ただの不倫ほいう形て会っていた。」
僕はその時も全員の顔を見ていた。そしてニヤリと笑った。
「でもあんたは殺してないよ、管理人。犯人は別だ。」
そう言ったとき、1人の顔が一気に変わった。リラックスから、恐怖の顔に。僕はその人に微笑みかけた。
「ああ、やっぱり君だったか。真琴さん。真弓、他の人は全員帰らせて。管理人も。そのかわり、真琴に手錠。」
<8>
取り調べ室では机を間に入れて真弓と真琴が向かい合っていた。真弓が何を聞いても答えてようとしないが、自分がやったとは認めた。
「黙っていないで話して。あなたを助けたいの。」
黙ったままだった。もう他の班が取り調べさせろと僕らをにらんでいる。
「真弓、もう時間が。」
「分かりました。それじゃあ怖い刑事さんがあなたを取り調べるわ。さよなら。」
真弓は取り調べ室から出て行った。僕も出ようとドアを開けると。
「待って!どうしてわかったの?」
「ああ、まず殺した人以外、お母さんが道路の端で死んだとはわからない。あと緊張し過ぎると逆に落ち着くことがある。君と話をして君がそういうタイプだと分かった。だから、僕が来たとき君は、落ち着いていたんじゃなくてすごく緊張してたと分かった。警察が来て緊張しないのは変だけど、し過ぎるのも変だろ?」
そう言って部屋を出た。いつもなら、どうして殺したかを聞くが、今日は聞かない。怖いからだ。彼女が僕と似ているから。うつむきながら歩いていると真弓が前に立っていた。
「お疲れ様でした。北河先輩。」
「ありがとう真弓。」
いつか話そう。誰でもなくこの人だけに。僕に何があったかを。