齎された吉報
リナルの森、最奥南北。
鬱蒼とした森の中で切り開けたそこは大木を利用した家が木の橋によって繋がっている。その橋の上を軽やかな足取りで走り抜ける存在がいた。
美しい金髪は首元まで、それを後ろで言っており、横に長い耳がぴくぴくと動く。儚く見える整った顔立ちに宝石の様な緑の瞳。スラリと伸びた手足に細めの体をした“彼”は目的の家に着くやいなや羽織っていた濡れたマントを脱ぎ捨てて家の中に入っていく。
「長老! パワルフ殿!」
ばたばたと慌ただしく扉を開けた彼に向かって木の椀が投げつけられる。扉が開くと同時に投げられたそれを焦った彼は避けることも叶わずその綺麗な白い額にゴス─っと凡そ聞こえるはずのない音が部屋に響いた。
「〜〜ったぁ!」
「馬鹿者! 静かに入ってくることも出来ぬのかっ よりにもよって客人の前ではしたない!」
思わずしゃがみこみ額を抑える彼に厳しい言葉が、投げた本人によって投げかけられる。
皺くちゃの子供のような背丈で耳が横に長い老人は口から煙管を離し雁首を煙管用の灰皿の淵へ軽く振当てる。
カンッ─という音が部屋に響き火皿から吸い終わったものが落ちる。それを一部始終笑いもせず見ていた緑の髪に金の目をした男が軈て額を抑える若い男へと目を向けた。
「…どうした、セリオ。」
「っパワルフ殿!」
その声で本来の目的を思い出した彼が顔を上げ声を荒らげる。その様子に眉を顰める煙管の老人にセリオが小さく悲鳴をあげた。
「ひっ」
「さっさと話さぬか。パワルフ殿の問ぞ」
「…あ、その…俺リナル族の村の方に狩りに行きまして、酷い嵐があったでしょう? 村に雨宿りさせて貰ったんです…それで」
「しゃきしゃき話さんかい!鬱陶しい!」
喝を入れられ思わず正座をしてしまうセリオ。冷や汗をだらだら流しながら彼はパワルフの顔を見る。無表情で目鼻立ちは特に整っている訳では無いその顔はあまり見慣れないがよく知っている。
自分たちエルフ族とはどこか異なった雰囲気を持ったリナル族…それの長たるパワルフにセリオは告げなければと口を開いた。
「お子が、お産まれになったと」
勿体ぶられて告げられた言葉に煙管の老人もパワルフも思わず立ち上がった。その様子につい仰け反ったセリオに老人の叱咤がとぶ。
「馬鹿者! そう大事な事はさっさと言わぬか!」
「す、すいませんでしたっ」
「フェレムンド殿、俺は村に戻る」
「ああ、そうしてくれて構わぬ。後日そちらに祝いに向かわせてもらうぞ、その時に今日の続きを話せば良い」
「恩に着る」
老人にパワルフは了承の礼を返してスグにその場から歩き始める。窓の外に一瞬で消える彼に老人は深いため息で見送った。
ビクビクと正座のまま自分の長であるフェレムンドに恐る恐る視線を向けるセリオに彼は皺くちゃの顔をもっと皺くちゃにして微笑む。
「ちょうろ──」
「祝の獲物を狩ってこいセリオ。」
「…はい」
諦めたように項垂れるセリオを横目にフェレムンドは窓の外に目を向けて細める。
「嵐が来たと言ったな」
「え、ええ…酷い嵐でしたよね。雷もなっておりましたし、幸い森には落ちてないみたいですが…」
「そうかそうか」
晴れ晴れとした空を見上げて皺くちゃの顔を緩めるフェレムンドにセリオは思わずあげかけた悲鳴を飲み込んだが、薄気味悪そうな顔をしたのは隠せずまた木の椀を額に当てられるのだった。