優しいいのり
フィルがリアナと結婚したのは百三十五年も前の事。長く共に生活し、その苦しみも理解していたつもりではあった。
ただ特別な子を産んだプァナにやはり憧れと嫉妬はあったのだろう。他のリナル族の者は子が居なくても別段気にしない者が多かったが、リアナは子に憧れがあり、強く望んでいた。
子が出来ていないと分かると一人隠れて泣いていたのをよく慰めたこともある。それでも彼女にとっての苦しみはフィル以上だったのだ。
フィルもまた出来ないのなら仕方ない。いつかそのうち神が授けて下さるだろうと。
それでもまだ生まれて五年しか経っていないラシュンに問いかけるべきものでは無い。誤魔化そうと口を開いたそれは、ラシュン自身に止められた。
「子供が欲しい?」
「……ええ、とても…ずっとずっと欲しかったわ」
「大切に出来る?」
「当たり前よ、大切な子なのよ」
真っ直ぐと前を見る金の瞳はやはり光を帯びているように見える。首を傾げ不思議そうな彼女は何度も何度も問いかけた。
「わがままでも?」
「度が過ぎたら叱るけど、きっとそれでもいいの」
「うん…そっかぁ」
ラシュンはにこにこと微笑み、軈て首にぶら下がる青い蛇と肩の上にいる小さな猿を巻き込んで体に光を纏う。眩しいとまではいかないが柔らかで温かく、何故か涙が溢れてしまうような優しい光だった。
「リアナお姉ちゃん!手を貸して!」
「えっ」
「手!」
請われるままに両手を差し出すとラシュンはその手をとって自分の額に当てる。祈るような仕草に言葉が浮かばない二人にラシュンは幸せそうに微笑んだ。
「きっとね、大丈夫なの 」
「…ラシュン?」
「リアナお姉ちゃんがダメな訳じゃないの、みんながダメなわけじゃないの」
ラシュンは笑う。華やかに。
あぁ、確かにこの子は花のようだ。美しく咲くあの花のようだ。
フィルは思わず胸を抑えながらそう思い、涙をこぼす。
「フィルにぃっ」
「あ、ああ」
ラシュンは今度はリアナの右手だけを右手にとり、フィルに手を差し出す。フィルがその手に左手を置くとラシュンはゆっくりと深呼吸をしてからまた笑う。まるで二人を繋ぐ縁そのものの様な様子に溢れる涙は止まらない。
「子供、大切にしてね」
「……ええ」
「私もたくさん、あそんであげるから」
「あぁ、そうしてくれ」
「うん!」
ラシュンは楽しそうに笑って二人の手を取ったままくるくると回り出す。
「女の子かなぁ!男の子かなぁ!」
堪えきれない涙が次々と二人の目から溢れて、優しい光がリアナのお腹に吸い込まれるように消えていく。
森の木々がざわめき祝福するような風が吹くと人間の様な仕草で小さな猿が息を吐いて鳴いた。
「ラシュン、貴女は…やっぱり特別なのね」
リアナの言葉にラシュンは首を傾げ変わらず笑う。
思わず空いていた左手でお腹を撫でるリアナをフィルは優しく見つめた。
リナル族はリナルの森の民。
古くから森に住み、森を育て、森に育てられた種族。
森から出ると命が奪われ、森でしか生まれない。
神降ろしの儀式を行い儀式を大切にする。
──────なぜ、子が生まれ難いのか。
同じ様に子が出来にくいエルフでもちゃんと毎年子は生まれると言うのに。
ずっと抱いていた疑問が答えられた訳では無い。
それでも自分の腹部に消えた光が確かに主張してくるような気がしてリアナはラシュンを抱き締めて、とうとう声を上げて泣いた。
「り、りぁにゃお…ふっ」
抱き締められ言葉を遮られるラシュンはキョロキョロと忙しなく周りを見回し、近くで優しげに笑うフィルに手を伸ばすが、その手を取ってもらうことは叶わなかったようだった。




