ラシュンと森
ラシュンにとって森は家と同じであった。深く呼吸すればその優しさにほっとし、力が抜ける。ラシュンの元へやってくる動物たちは皆優しくラシュンを見守った。
だからこそラシュン本来の優しさ、自由さ、勇敢さがのびのびと育っていた。
子ができにくいリナル族は自分の血を継ぐ子でなくとも自らの子のように接する。それは昔からある風習であり、誰もが親になる術であった。
ラシュンが笑えば周りの大人達も自然と笑みが零れ、果てのない明るさが、ゆっくりとした時間が流れるリナル族を照らす。
パワルフは怒られて頬をふくらませるラシュンに問いかける。
「どうして止めても森に行こうとする? 遊び場が足りないのか?」
「聞こえるの!」
「ん?」
「うたってくれるの、とってもキレイなんだよ」
にこにこと笑うラシュンにパワルフは思わず森を見る。広大に広がるリナルの森、そして、子供の時から変わらない木々たち。
「歌っているのは誰だ?」
「質問ばっかり…森のおはなししてたんでしょ?」
確かにパワルフはなぜ森に入るのかと問いかけていた。ラシュンの言う通り、森の話をしていたとも取れるだろう。
なら、歌うとはどういう事だ?族長としては浅いが産まれてから今までこの里で暮らしていてそのような話は一度も聞いたことがなかったとパワルフはラシュンの言葉を否定してしまいそうで言葉に気をつけながら口を開く。
「…森はラシュンに優しくしてくれるのか?」
「うん! 迷子になったら教えてくれるし、遠くに行きそうになったら止めてくれるの。それでね、お友達も紹介してくれるのよっ」
お友達とは帽子に隠されていた小さな猿や、青い蛇の事だろうかとパワルフは少し困ったように眉を下げてからラシュンを抱き上げた。
小さな体を揺らし楽しげに笑う我が子の額に自分の額を当てて彼はゆっくりと祈りを捧げるように名前を呼び、軈てラシュンへと転機となる一言を告げた。
「森が良いと言う所までなら入っても構わない」
「ほんと!?」
「あぁ、ただし“森とお友達の話”はちゃんと守るんだ、いいな?」
「うんっ!ありがとう、お父さん」
パワルフは少し物寂しい様子で腕に力を入れ小さな存在惜しむように抱き締めてから降ろしてやった。
きゃっきゃっと笑う我が子を見送り、どう説得したものかなと妻と良く面倒を見てくれるリアナの顔を思い浮かべ、疲れた様子で歩く。
当然その後二人の女性からしっかりと小言をもらうはめになったのは彼には予想通りと言えば予想通りであったのだが。
「なんでそんな許可をしちゃうのよ!」
「…ラシュンは森の声を聞けると言うんだ」
「だからって…!」
「リアナ、一度落ち着きましょう? 折角寝たのに起きちゃうわ」
ラシュンが眠りについた後大人達による会議が行われていた。メンバーはリアナとフィル、プァナとパワルフという二組の夫婦だった。
フィルは取り乱すリアナのそばで手を宙にさまよわせている。プァナはリアナに声を荒らげるのを止めさせると微笑みながらパワルフに顔を向ける。
「それで?」
「…説明する、ちゃんと説明するから…圧をかけるのはやめてくれ」
項垂れるパワルフの肩に行き先のなくなったフィルの手が置かれるのがより悲壮感を感じさせる光景だった。
「恐らくラシュンは森に選ばれている」
「森に…ってそれは…」
「ずっと先ではあるが次の族長となるのはあの子だろう、問えば森の声が聞こえると答えた。森はあの子に歌を聞かせ、守り、友を与えたのだと」
「友…あの蛇と猿よね?」
「恐らくな、友というか護衛かもしれんが」
深く呼吸をして緊張した面持ちのパワルフはリアナに返答した後プァナに向き直る。
「恐らくラシュンは“特別な子”だ、森が守ってくれるなら恐らくこの里の中よりも森の中の方が安全だろう」
「パワルフが言うならそうなのでしょう…でも、まだ五歳なのよ」
不安だと堪えきれない涙がプァナの目から溢れ、パワルフが震える肩を抱き寄せた。
「リアナ、フィル…頼みがある」
「何?」
「なんだ?」
「あの子に森の歩き方を教えて欲しい」
告げられた言葉は意外だったのか二人は目を見開き、涙を静かに流しているプァナを気遣うように視線を向ける。
「俺は別にいいぞ」
「フィルっ!」
「リアナ、この里の子だ…なら森を歩く術を知るべきだろう?」
「そうだけど…私はプァナと同じ気持ちよ、いくらなんでも早すぎるわ」
パワルフはプァナの頭を優しく撫でながら、そっととある情報をこぼす。三人の顔色を悪くさせるには充分すぎる言葉に、反対の言葉も上がらなかった。
「五年前から外の人間の戦がまだ終わらない、エルフが森の傍で争っているのを目撃しているんだ」
かつてリナル族が拐われ、命を落としたことを彼らは忘れていない。静かに二人は床に片膝をつきパワルフに頭を下げる。
「「神森の守り手の願う通りに」」
「ありがとう二人とも」
プァナはゆっくりと三人の顔を見回し、また静かに涙をこぼす。
それを月明かりが優しく照らしていた。




