祭りの終わり
「っは」
ボタボタと汗が音を立てて零れる。ぐっと上がる息を堪えながら深い息を意識して剣を握り舞い続ける。視界が塞がれ、全く見えない中の櫓の上は恐怖しかないとパワルフも分かっていた。
族長になり、初めての誕生祭。しかもそれが我が子のもの。失敗すればラシュンの命が消えてしまうと分かっていた。
早く。
早く。
月よ落ちよ。
太陽よ上がれ。
道よ開き。
神よお帰りください。
そればかりがパワルフの心に広がる。なのに頭は何故かスッキリとしていて、視界の端に光が見えた瞬間に────微かに何かの音が聞こえた気がした。
その音はまるで歌う様な。空が明らむのが布越しに分かる。ゆっくりと舞の締めを終えて、膝を着く。
ボタボタとその間にもパワルフの汗が音を立て落ちた。
シャン─とアンクレットの音とリナル族のものが手にしている鈴の音が重なり、音が途絶える。
「───神に、感謝を」
パワルフの言葉に続きそれぞれの声がする。繰り返される感謝の後、深く息をついて、落ち着かせ布をとる。
「……終わった、か」
櫓に再び梯子がかけられ、終わったのだと実感が生まれた。かくん、と力が抜け膝を着いたまま固まる。
“神が降りた”感覚も“神が帰られた”感覚もパワルフは感じられた。今までどこで何を神がしていたかは把握はできないものの、確かに神は呼び掛けに答え、ラシュンを望まなかった。
「パワルフ!」
せっかく立てかけて貰った梯子を無視し、パワルフはその声に反射的に櫓を飛び降りていた。
随分と高い櫓から飛び降りるのは見守っていたリナル族からは呆れと仕方ないかという納得の表情がエルフからは悲鳴が送られる。
それをものともしない様子で静かに着地するとラシュンの泣き声にやっと気付く。いつから泣いていたのか、集中していた為、気付けもしなかった事を悔やみつつも愛しい妻子を抱きしめる。
「よかった…よかったわ…っ」
「無事に終われた、な。…ラシュンはなぜ泣いているんだ?」
「それが分からないのよ。急に起きたと思ったら泣き出して、あやしてはいるんだけれど、ちっとも泣き止んでくれなくて…」
困ったわ…と泣きじゃくるラシュンをプァナが見下ろす。パワルフは大きな手でラシュンの頭を優しく撫でる。ぎこちなくも優しいその動作に涙に濡れた瞼をゆっくりとラシュンがあげた。
「どうしたラシュン、母さんが今度は泣きそうだぞ」
「うぅぅ〜」
「祭りが怖かったか? だが、雷は怖くなかったんだろう?」
プァナからラシュンを受け取り抱きゆっくりと揺らす。
「もう終わったんだ、お前は神にちゃんと祝福された」
だから怖がることなどないのだとパワルフは笑う。ラシュンはゆっくり周りを見回し、泣き疲れたのかまた瞼を伏せ、うとうとと船を漕ぎ初め、軈て安らかな吐息を零しながら眠りにつく。
「私じゃ泣き止まなかったのに…パワルフが恋しかったのかしら」
「…そうだといいな」
静かに幸せそうに眠る娘を見守り二人は顔を見合せ微笑み合う。そしてその感情は周りにも伝わり、朝日を浴びながら皆が皆晴れやかな笑みを浮かべていた。
リ・ラシュン。
雷を怖がらず、嵐の日に生まれた勇敢な花の娘。幼い彼女はこうしてこの世界に生まれた。
彼女の人生はここから始まったのだった。




