森に響く産声
その日は嵐だった。轟々と吹き荒れ、リナルの森の木々がざわめき、普段昼間は使わない光魔法を使いつつ家の中に引きこもる森の民、エルフの古くから友として存在しゆる…リナル族。
彼らは一際大きな家である村長の家に集まり、今か今かと待ち続け、そわそわとしきりに体を揺らしていた。
「なぁ、まだなのか?」
「大丈夫か? 体力落ちてたり…」
「ぶ、無事に生まれるよな?」
時間が経つにつれ顔色が悪くなる男性衆に女性衆はうんざりとした顔をする。呆れたように「その会話さっきもしたわ」と冷たく切り捨てて祝のための花を魔法で硬化させていく。
「俺達もなんか手伝うか?」
「木の実あるぞ」
「あーもう、うるっさいわねぇ! 今忙しいのよ! せめて口閉じてなさい! 役立たず!」
役立たずと称された男達は眉を下げて情けない顔をする。女達はそんな男達を慰めることなく祝の場を作っていく。そんな中だった。
「ッ───おぎゃあ」
奥の部屋からそんな声が上がったのは。その場にいるもの全員が立ち上がりバタバタとその部屋をのぞき込む。
この村に長くいる産婆が「おー、可愛いねぇ、よしよし」と胸に赤子を抱いてあやしていた。
「お婆! それが…?」
「おお、来たのかい馬鹿ども。そうさ、この子が新しい私らの一員で、名前が──」
「リ・ラシュンと、名付けました」
ベッドの上で汗だくで疲れたように緑色の髪に金の目をした美しい女性が「お婆、抱かせて」と赤ん坊へ手を伸ばす。
「リ・ラシュン?」
「花の名を取ったの?」
変なことをするのねと、女性衆の中のひとりが言えば赤子を産婆から受け取った女性が笑う。
「ラシュンの花って泥の中で咲くのに綺麗でしょ? 苦労しても、綺麗に咲くようにと願いを込めてラシュンの名を貰ったの。」
その言葉にその場にいる全員が顔を見合わせて笑い合う。「おいおい、何言ってんだ、プァナ」と一人の男が口を切ればまた「まぁ、プァナらしいっちゃ、らしいわね」と声がかけられる。
「俺達がいるんだ、苦労なんてさせるか」
「何年ぶりかしらね、赤ん坊なんて!」
「プァナ、後でその子を抱かせてね」
「さあ、祝だ祝だ! 酒を出せー!」
「アンタ飲みすぎたら頭かち割るわよ!」
賑やかな中で子を抱く女性…プァナは愛しげにラシュンの頬を撫でた。柔らかで温かな頬は、滑らかでいつまでも触っていたいと思う気持ちになる。
「…可愛い子…生まれてきてくれてありがとうね」
自分と同じ緑の髪にに金の瞳を持つ娘を抱きしめて、彼女は幸せそうに微笑んだ。
いつの間にか嵐は過ぎ、雲の間から光が差し込んだ。木々に伝う雫に光が反射し、幻想的な風景を描いていた。
リナル族に二十年ぶりの子供が生まれた。沼で咲く花の名をつけられた彼女をリナル族は大切に大切に守る事を神に誓い、酒を煽る。
リ・ラシュン。
それが彼女の名だ。