女神の子守唄
彼女の母は、彼女の事をとても愛していた。彼女とは異なった茶色い目に黒の髪。疲れたようによく笑う母親に彼女は精一杯笑いかけた。
母親とは異なる金の髪に、青い目。彼女は母親が大好きだった。母親は彼女を愛し、憎んでいた。
「いちご」
「なーに」
「ごめんね」
母親は彼女を守ろうとしていた。母親は彼女を幸せにしようとしていた。だからこそ、その細い首に手をかけた。
「ぅ…あ…」
「ごめん、ね」
母親の手が彼女の首を絞めていく。ぎりぎりと、ぎりぎりと。母親は笑いながら謝り続けていた。自らの虚ろな目に彼女を映して。
ボキッ───その音は彼女の首が折れた音だったのか、彼女の心が壊れた音だったのか。
首を絞める母の手に添えた小さな彼女の手が、荒れた部屋の汚れた床の上に静かに落ちた。
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「困ったわねぇ」
「んー?」
たくさんの背の高い木々に囲まれた広場で木造りの机と椅子に座った黒いベールを被った燃えるように赤い髪の女性は机を指先でつつく。
そして自分の眉間辺り─ベールで良く見えない─を少し抑えてからまた机の上に置かれた紙を見る。
「イチゴさん…でしたっけ」
「あい」
「五歳で亡くなっちゃって…もう…」
「んー?」
少し癖のある金髪に青い目をしたイチゴはきょとんとベールを被り自分を見下ろす女性に土をほじりながら返事をする。
彼女が土を抉ると同時に時間が戻ったように土が元に戻り、元の芝生へと戻る。それをいたく気にったのか、彼女はこの空間に来てからずっとこの調子である。
「…一応聞くけど、転生先の希望ある?」
「てんちぇー?」
「て、ん、せ、い。生まれ変わるってことなんだけど…」
「いちごはいちごなのー」
「いや、それはよく分かってるわよ。書類もあるし」
そうじゃなくってねと続けようとするも彼女…イチゴの視線は未だ地面に釘付けである。
女性は引くつく頬を必死に抑える。これでも彼女は何千年も女神をやっている存在だ。それも転生と魂を司る女神。
女神は困惑していた。若くして死んだものなどそう少なくはない。だけど、基本的平和とされる日本で五歳で母による絞殺で死んだものは久々なのだ。
大概母に殺されると心が壊れたりするもので話にならず女神が気を利かせて転生させてきたいままで。だがイチゴはそうじゃなかった。
母親に絞殺されたと言うのに普通に返答はできる。拙いが意思も言える。至極まともな魂であった。
そして転生にもルールがある。魂が壊れて無い哀れな魂には女神の慈悲を与えるというものだ。
この場合の慈悲とは転生先への干渉。どんな人になりたい、またはどんな動物になりたいなどと希望を聞き可能な限り叶えることだ。
五歳で母親に殺されたイチゴは哀れな魂に類する。つまり、まだ話を理解出来ているのかわからない五歳児から希望を聞き出さなければならない。
しかもイチゴは虐待による反動ですこし成長が遅れてしまっている。それも相まって女神は目の前の存在をどうするかでひたすら頭を悩ませているのだ。
「…ねぇ、イチゴさん」
「んぅー?」
「貴女の好きなものを教えてくれないかしら。」
調書をどかして女神は椅子から降り、イチゴの側に寄り添う様に腰を下ろす。そうしてやっとイチゴは彼女を見た。
綺麗な青い目が女神を映して、可愛らしい顔が花が咲くように綻ぶ。
「いちごねー、動物園がすきー。あと卵焼きと、お風呂と、虹と…えっとえっとあとね」
「あと?」
「おかあさんすきー」
その言葉に女神はピシリと固まる。浮かべていた彼女の笑みが消え失せ、黒いベール越しで色は分からない瞳が見開かれる。
「…っ、おかあさんが好きなの? どうして」
「うんとねーあったかいんだよ? おかあさんがね、イチゴのこといつも抱きしめてくれると嬉しいの。…でもおかあさんいっつも泣いてたんだぁ、ねぇお姉さんおかあさんなんで泣いてたのかな」
ぐりぐりと地面を弄りながらイチゴは心底不思議そうにつぶやく、知らないことがつまらないのか教えてくれないことが不服なのかわからない。唇を突き出して地面で遊ぶ彼女に女神は何も言えなかった。
ただ、彼女を抱きしめてみた。
ふわりと香るお日様の匂いとふくふくと柔らかな小さなイチゴ。女神は少し息を吐いた。
「ねぇ、イチゴさんはおかあさんに会いたいかしら?」
「うー? おかあさんごめんねってバイバイって言ってたの、多分ねーおかあさんもういちごのこと嫌いなんだと思うんだぁ。だからね、あいたくないー」
泣きそうにくしゃりと顔を歪めてイチゴは告げる。女神の服をしっかりと握りしめて、涙を堪えて。会いたいという我儘を口にしないように。
「…イチゴさんは動物がすきなのね?」
「うん、ふわふわなんだよー。ひよこさんはねぴよぴよーって」
「そう、ではイチゴさん。」
「ん?」
「貴女に、祝福を与えましょう。愛される様に、悲しまないように、笑って幸せになれるように。」
「いちご幸せだよ?」
女神は柔らかな金髪を手で優しく撫でつけてその額にキスを零す。そして回りに光が立ち込め、地面に光り輝く線が伸びていく。
初めは円。そして幾何学模様が二人を囲むようにだんだんと構成されていき、そうして出来た魔法陣の上で女神は口を開いた。
『 哀れな子 愛しい子 貴女に祝福を与えましょう 泣くことのないように 愛してもらえるように 私が貴女を守りましょう 』
歌う様な、口ずさまれる言葉にイチゴはだんだんと目を閉じていく。イチゴが反抗するように瞬きをして目を開けようとしても、彼女は深い眠りへと落ちていく。
…それはまるで子守唄のようだった。
『 世界よ 廻れ 廻れ 愛しき子達を 守って 導いて 』
『 門よ 開け 開け
小さな魂の門出を祝うための花を
咲かせ 咲かせ 』
当たりの木々が花を咲かし始める。芝生の上に花弁が雨のように散っていく、桜の花だ。その花の中で女神はイチゴを抱きしめる。子を守る、母のように。
『 私の名は ラニーニャルト・マルベリ・ルーク・ヘイズ 魂と転生の女神 幼い魂に祝福を与える者 』
燃えるような赤い髪が風に巻き上げられ、黒のベールも煽られる。めくれた為に女神の紫の目が顕になる。その目は悲しげに愛げにイチゴへと向けられていた。
『 扉よ 開け 道よ 繋がれ 』
『 この子は 私の子 愛しい 私の子 広く自由な 第五十六世界パウエルへ 光よ 迷わぬように 導け 』
イチゴが女神の腕の中光に包まれる。白い光だった。真っ白な光の粒だった。それらはイチゴを包み込みそして、次の瞬間にはイチゴごと離散する。
『 貴女の 生きる道が 幸せたらんことを 』
そうして、イチゴは異世界へと転生する事となったのだった。
完全に自己満足小説になっており更新遅いかも…うおおおって一気に書くこともありますが、生暖かく見守ってくれると嬉しいです。
一番時間かかったのが話を考えることより女神の歌を考えることでした。
今後ここまで長いルビ振りはないと思います。
ここまで長かったのは転生させるためと世界渡りをさせるためなので…