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愛を奏でるマリア

春の嵐

作者: 香月よう子

「愛を奏でるマリア」シリーズ「PART7」に当たる作品です。

シリーズでご覧下さい。

 陽光(ひざし)麗らかな春、四月。

 桜の花びらが舞う時計台の下。

 彼の人がゆっくりと近づいてくる。

 それはスローモーションのようでいて。

 揺らめいている。

 綺羅めいている。

 そして。

 彼女は花が咲くように、ほっこりと微笑(わら)った。



「悪い。待たせたね、真璃亜」

 日向(ひゅうが)遙希(はるき)は、詫びながらも笑んだ。

 その笑顔に応えるように、小野(おの)真璃亜(まりあ)も日向を満面の笑みで迎える。

「いいえ、遙希先輩。ここから見える桜の樹が。桜吹雪が本当に、綺麗で……飽きませんでした」

 うっとりと夢見るように真璃亜は、応える。

 大学生になったと言ってもまだ高等を卒業したばかり。真璃亜のもつ少女独特のあどけなさは変わらない。

 そんな真璃亜が心から愛おしくて、日向の表情(かお)も緩む。


「じゃあ、入学式の会場に行こう」

「はい……」

 真璃亜にとって何物にも代えがたいその極上の笑顔で日向は、真璃亜を優しく、大切にエスコートする。

 まるで、恥じらう乙女を誘うかのように。

 そんな二人は明らかに周囲の注目を集めていた。


「おい、日向が今日は新入生(いちねんせい)つれてるぞ。あいつ相変わらず手が早いよな」

「あの()、すげえ可愛いじゃん! ほんとに東応(うち)の新入生か? 俺らの大学(ガッコウ)のレベルじゃ到底ないぞ」

「まったく、どーっから連れてくるかねえ。おこぼれでいいから、ちったあ分けてほしいぜ」

「おい、情けないこと言うなよ。仮にも天下の東応大生が」

「ま、そりゃそうなんだが」

 日向を知るらしい在校生が口々に言い合う。

 日向は素知らぬフリをして、そして真璃亜の耳には届いているのかどうか。真璃亜も特に意識はせず歩いていた。


 そんな真璃亜に日向は一瞬、逡巡するように言葉を飲みこみかけたが、だが口を開いた。

「お母上は。やはり無理だったのか?」

 日向が真璃亜の小さな顔に視線を落とす。

「はい……。でも、夕べ病院に電話をしたら、いつもより元気そうでした。今朝もメールで「おめでとう」て。それに今日、携帯で写真を撮ったら、すぐに送信しようと思っていますし」

「ああ、それなら。会場入り口のあの大きな桜の木の下がいいな。後で撮ってやるから、すぐに送って差し上げるといい」

「はい!先輩」


 真璃亜は嬉しそうに日向を見つめた。

 その笑顔には一片の混じりけもない。

 そんな真璃亜の瞳をじっと日向は見つめ返した。


 真璃亜の父は真璃亜の幼少時に死別、と聞いている。

 そして故郷の函館で、幼い頃からずっと真璃亜にピアノの手ほどきをしていたピアニストの母は、数年前から闘病生活を強いられているという。

 元々病弱だった真璃亜の母に、海外を渡る演奏活動と最愛の良人(おっと)を亡くして独りでの真璃亜の子育てとの両立は、その心身(からだ)に酷だったらしい。

 だからこそ、真璃亜の母の古くからの知人である「松朋(しょうほう)音楽学院」の理事長を頼って、真璃亜の松朋入学が決まったのだ。

 もっとも、その実力は掛け値なしの超一流(ホンモノ)だ。

 理事長のつてとはいえ、日本が誇る大指揮者「世界の千堂(せんどう)」に認められての「松朋特待入学」だったのだから。


 ともかく、真璃亜の唯一の肉親である母の代わりに、ここでは日向だけが真璃亜の「東応大学入学」を祝う唯一人の存在なのだ。

 日向はそんな真璃亜を不憫に想いながらも、真璃亜は自分が何に賭けても絶対に守る、という誓いにも似たその想いを、心密かに新たにした。



 そして──────



 つつがなく厳かな入学式が終わると、早速、会場入り口付近から、各倶楽部・サークルの面々が新入生争奪戦へと突入する。

 そんな中、数少ない女子学生の中でも群を抜いて真璃亜は目立つ存在だった。

 生来の品の良さと美しさ。そして、松朋で身についたいとも優雅な身のこなしで、真璃亜は一体何処の令嬢かと思わせる雰囲気だ。

 それが幸いしてか、案外と声をかけてくる先輩連中が少ない。

 皆、真璃亜の持つ本物の品格に臆をなしているのだ。


 そして、先程から一生懸命、真璃亜は待ち合わせをしている日向を探していた。

 東応大は新入生だけでも千人を軽く超える。それに加えてその父兄や諸先輩が入り乱れているのだから、真璃亜が日向を探し当てるのが容易ならざるのも無理はない。

 

 それにしても、どうしてこうも男子学生が多いのか。

 松朋は音楽学校の為、圧倒的に女子学生が多い。女子校の雰囲気さえ漂っているほどだが、東応大は全くその逆だ。

 まるで男子校と言わんばかりの男たちの群れである。

 それでなくとも奥手な、日向以外の男には全く免疫のない真璃亜は「どうしよう……」と、酷く心細くなってきていた、その時だった。


「ああ、君ちょっと!!」 

「え?」

 

 ばしゃっ! カシャッカシャ ぱしゃっ!!


 突然、後ろからシャッター音がして、真璃亜が振り返るとそこには

「うん、やっぱりだ。君、かなりイケテルよ!」

 見知らぬ男子学生が、撮ったばかりの数枚のポラロイド写真を見ながら一人ごちている。

 真璃亜はわけがわからず、そのまま辞しても良いのかどうか迷った。


「あ、あのう……」

「君、新入生だろう。名前は? どこの出身? クラブはもう決めてるの?」

 矢継ぎ早に彼は真璃亜に問いかけてくる。

 その言葉にどう応えて良いものか、真璃亜は更に迷いあぐねた。

 ただ、まじまじと彼の顔を見つめる。


 身長180㎝くらいの長身。

 髪は流行(はやり)に似て、金色に染めたその先が外側へと何気にはねている。

 その顔立ちはまるで少年のようにやんちゃだが、よく見なくともなかなかのそれは美形……。

「どうしたの? クラブ、まだ決めてない?」

 彼は更に真璃亜に畳み掛ける。

「あ、あのう……。オケ部に入ろうと……」

 ようやく真璃亜がその言葉を発すると、

「ああ。日向ハーレム、ね」

 と、彼は心得ているとばかりに呟いた。


「ひゅ、日向、ハーレム……!?!」

 彼のその一言に、真璃亜は心底ビックリして声を上ずらせた。

「そう、東応大学オーケストラ部、その名も別称「日向ハーレム」。文科Ⅱ類・経済学部経営学科三年の日向遙希がしきってるサークル、てことさ。君、オケ部に入るなら特に気をつけた方がいいよ。何せ東応(うち)の可愛い女の子は皆、くわれちゃってるって専らの噂だから」

 彼がカメラをいじりながら、なお真璃亜を激写しようとしていたその時

「それは聞き捨てならないね」

 背後から、よく通るテノールの声がした。


「げっ! 日向! どこから沸いて出た?!」

「日向先輩!!」

 日向のそのあまりのタイミングの良い登場に、真璃亜もその男子学生も、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「沸いて出たはないだろう? 火浦(ひうら)。それに、可愛い女子学生は片端から被写体(モデル)にしている無節操な君に、そんな根拠のない噂を言われる筋合いはないと思うな」

 顔こそ笑っているがしかし、日向は本気で機嫌が悪い。

 真璃亜には、わかる。

 伊達にこの三年間つきあってきたわけじゃない。


「あ、あのう……日向先輩。こちらは?」

 助けを求めるような真璃亜の言葉に、二人の視線が一気に真璃亜へと向けられた。

「自己紹介したらどうだい、火浦」

「ああ、そうだな。俺は、火浦(ひうら)(しょう)。文科Ⅰ類・法学部法学科三年で専攻は民法。クラブは見ての通り写真部だけど、日向とは入学した頃からの腐れ縁だよ」

「腐れ縁、ね。」

 まだ日向はポーカーフェイスのまま、その不機嫌さをその薄い笑みの下に隠している。


「あ、あの……。文科Ⅲ類・外国語学部志望で、松朋音楽学院高等部時代から日向先輩の後輩の、小野真璃亜です」

 小さな声で真璃亜もそう自己紹介すると、火浦に向かって行儀良く一礼した。

 新入生の真璃亜は教養学部に属する。

 しかし、文科Ⅲ類に合格した真璃亜は、外国語学部に進学する可能性が非常に高く、真璃亜はウィーン留学に備えてドイツ語か。或いはパリ留学の可能性も捨てきれない為、フランス語か。また或いは、音楽の専門用語であるイタリア語を専攻しようと既に志望を決めている。


「で、日向。つまりは、この娘!……ってわけか? 今までお前がずっとひた隠しに隠し通してきた、お前の大事な大事な大本命の「年下の彼女」って?」

「さてね」

 どこまでもポーカーフェイスの日向に対して、火浦のその一言に真璃亜は途端に真っ赤になって俯いてしまった。

 そんな真璃亜の反応に、火浦はひゅう!と口を鳴らした。


「なあ、モノは相談なんだが。日向。この娘、ちょーっと貸してくんない? いい被写体なんだよなあ。今度、写真展(コンクール)があるって話、この前、お前にもしたはずだろ?」

「断る」

 真璃亜が口を挟むまでもなく、日向は即座にそう切って捨てた。

「あ、そこをなんとか!」

「君に真璃亜を託したら暗室あたりで何をされるか、わかったものじゃないからなあ」

「あ、ひでえ! 真璃亜ちゃん、こう見えても俺、モデルには絶対、手ぇ出さないから!」

 皮肉な日向の態度にも火浦はめげる様子がない。


「じゃあ、火浦。もう僕たちは行くよ」

 おいで、真璃亜……と、日向は真璃亜を促した。

「真璃亜ちゃん! さっきの話、本気で考えててよ。俺、真剣(マジ)だから!」

 火浦の言葉を背に受けながら、日向と真璃亜の二人はその場を離れていた。


 最初は呆気にとられていた真璃亜だったが、不意に可笑しくなってきてクスリと笑った。

「何が可笑しいんだ、真璃亜」

「だって。わかっちゃいました。あの方が遙希先輩のお話にもよく出てくるご親友の、あの火浦さんなんだって。先輩のご親友だけあって、見かけより良い方みたいですね」

「親友? は! そんな呼び方もあるんだな」

 吐き捨てるように日向は言った。

 日向の機嫌はすぐには直りそうにない。

 それで、真璃亜は軽い溜息を吐く。

 こうなると「触らぬ日向に祟り無し」。

 それも、この三年間で真璃亜が体得した日向に関する極意である。


 しかし、日向にしてみれば、真璃亜が同じ大学に入学したのは嬉しいが、ほとんど男ばかりのキャンパスで、真璃亜がどれだけの野郎(ヤロー)共の視線に晒されるのかと思うだけで燃え滾るような嫉妬に狂いそうなのだ。

 そして、教養課程の一・二年生と、専門課程の三・四年生とはキャンパスが違う。同じ大学と言っても、顔を合わせられる機会は自ずと限られてくるだろう。

 まして真璃亜は真面目に講義を受けるだろうし、ピアノのレッスンも今まで以上に欠かせない。

 日向にしてみても、日向の家の事業に加え、三年になって課される大学のゼミの課題など、忙しさはこれまで以上に比ぶべくもないのだ。


 何を苛ついているんだ、俺は……?!

 しかし。

 日向はふと我に返った。

 ほんの一歩ほど遅れて、真璃亜が黙って自分の後をついてくる。心なしか哀しそうな瞳をして……。

 そうだ。今日は真璃亜の「東応大学・入学式」という、人生にも滅多にない晴れの日ではないか。


「悪かった。真璃亜」

 歩を止めると、日向は呟いた。 

「確かに火浦は親友なんて口はばったいものじゃないが、大学入学以来の悪友だよ。お互い生まれも性格も目指すものもまるで違うが、何故か妙に気の合うヤツだ」


そうなのだ。

「表裏」のある日向にとって実は火浦という人間は、日向がその乾いた心を癒やすことの出来る真璃亜以外、唯一無二、希有の存在と言ってよい。

「真璃亜さえ良ければ、モデルの件も前向きに検討してやって欲しい」

 ようやく機嫌を直した日向に心底ホッとしつつも真璃亜は、ふるふると横に首を振った。

「私……そういうの、苦手で……」

「そうだな。じゃあ、この話はこれでおしまい。早く、母上に送る写真を撮りに行こう」

「はい!」


 真璃亜は花がほころぶように微笑う。

 かすみ草のような控え目さを兼ね備えながら、なのに大輪の薔薇の花を想わせるその笑顔は、齢十八という若さの故か。

 いや、肩先で切り揃えた黒髪を白いレースで縁取られている翡翠色のベルベットのカチューシャで纏めている真璃亜は、その零れ落ちんばかりに大きなすみれ色の瞳と濡れ羽色した長い睫、愛らしい上品な(くれない)の口元など、長所を挙げればきりがない。

 客観的にみてもそう、かなりの美少女だ。

 その薄い桜貝のような耳元には、あの忘れ難い初めての夜の想い出に日向が贈った大粒のパール・ピアスが、純情可憐に揺れている。


 心配だ。

 真璃亜に悪い虫がついたらどうしてくれよう……。

 ただですむと思うなよ、というオーラを全身で発しながら、日向は真璃亜を衆目から庇う。

 日向にとって、だがしかし。

 それは「受難の日々」の幕開けであった。

 ────────・・・



「マリア」シリーズも大学生編に入り、新キャラも出てきたところで、ここから何か始まりそうな気配?!……なのですが、残念ながらこの先の見通しが立っていません。

次回、「月光」を投稿したら無期限休載になりそうです。

ここまでおつきあい頂いた方、本当に有難うございました。

次作「月光」及び香月の他作品は引き続きよろしくお願い致します。

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