女の子克服(?)大作戦!
「ずっと見てました、好きです。付き合ってください!」
爽やかな風が桜の新緑を揺らす初夏頃。
目の前では一人の女の子が唇をきつく結んで、掌を固く握り込んでいた。学校指定の緑を基調としたチェックスカートが、風に揺らされ膝小僧を見え隠れさせる。俯いた彼女から発せられる言葉はその後ぷつんと途切れる。
そして訪れる無の時間。
普段は気にもしない野球部の怒声や女子の騒ぎ声が、その時の僕にはとても耳障りに聞こえた。
はぁ……。
思わず出た溜息に女の子がはっと顔を上げる。水気を帯びる目元に僕の中で警報機のように心臓が嫌な音を立てた。でもしまった、と思った時にはもう遅い。
「最っ低!あんたなんて大っ嫌いよ」
不意に、突き刺すような言葉と共に左頬に鋭い痛みを感じた。顔を真っ赤にさせて怒りを顕にする女の子の目からほろりと雫が落ちる。泣かせてしまうつもりは無かったのに。しかし、僕が腕を伸ばし彼女の涙を拭おうとしても手の甲を叩き落とされ叶わない。代わりに何か言おうと口を開いた時にはもう遅く、彼女はセミロングの髪を振り乱して走り去ってしまっていた。
ふぅ……。
知らぬ間に詰めていた息をゆっくり吐き出して、僕はその場に手を付いた。
木々が騒々しく音を立てる。野球部の怒声は相変わらず止まない。けれどこの時の僕には耳障りには聞こえなかった。寧ろそれらの音に落ち着かせられていた。
───だから女って嫌いなんだ。
校舎の壁に背を置いて、僕はうずくまったまま吐き捨てた。さっきの映像が頭をぐるぐる回って気持ち悪い、あの子の顔が酷く歪む様に喉の奥から吐気すら覚えた。好きと言ったり嫌いと言ったり、女の考えることはわからない事が多すぎる。ふらりと立ち上がって、教室まで荷物を取りに歩き出しながらふと左頬に手を当てる。じんと滲むような痛みに僕は眉を潜ませてまた一言吐き捨てた。
「女なんて───。」
* * *
佐藤伊織は昔から女子というものが苦手だった。生まれた時から一緒の、家族の女は大丈夫なのだが、例え幼稚園からの付き合いだろうと女の子とは話すこと・触れること、近づく事さえ出来なかった。小学校の時なんか、フォークダンス等で触れたりした後に授業に出られず3時間吐き続けたという記録もある。
しかし、進学するにつれて彼の事をよく知るものは減っていき、高校に入りってからというもの 彼の事情を知らないままに彼に近づく女が増えた今の状況に、彼は日々頭を悩ませていた。
また、彼はルックスが悪くはなかった。性格ゆえに強ばった顔ばかりしているが、フランス人の父と今も第一線で働く人気モデルの母の間に生まれた彼は、整った顔立ちをしていたのだ。
「お前、高校入ってから何人目だ?」
もう何度目かわからない点が溜息を吐き出す僕に、小学校からの親友 田渕 悟(たぶち さとる)が呆れたように問いかける。子ども扱いするように頭に置かれた彼の手を払い除けて、僕は小さく「6人目」と返す。
驚く彼に僕はまた溜息をついた。
おかしいと思うんだ、入学してまだ1ヵ月と少しだぞ。学校ではほぼ喋らない僕の、何処がいいと思って好きだの何だの言ってくんだよ。
「あーっ!本当、女ってわかんない。」
僕の言葉に隣の彼は静かに微笑んだ。
「わかんないのは、わかろうとしてないからじゃねぇの?」
は………………?
アホそうに口を開く僕に彼がにっこり笑いかける。そして表情を変えず、まっすぐ僕を見た。
───わかんねぇならわかりゃいい話だろ。
その後のことは思い出したくない。
これは、僕と彼と とある女の子達の秘密に満ちた出会いの話。
桜舞い散るうららかな春、僕らは町外れにあるそこそこ良い大学に通い始めた。
まだ型崩れのない真新しいスーツに袖を通し、ワックスで軽く髪を整えて……と本当ならしていた所だろうか。
温かな風に長くなった髪が揺らされるのをじっと見つめながら、僕は膝下を頼りなさげに画す黒のタイトスカートに手を添えた。緩く巻かれた髪が首元に当たるのが嫌で、少し首を降って背中に流すが春風がまた元の位置に戻してしまい、思わず舌打ちを零す。
「こらこら、女の子が舌打ちなんてダメですよ。伊与ちゃん」
僕も着るはずだった紺のスーツをビシッと着こなした悟が人差し指で僕の唇をちょんと弾く。伊与、というのは昨日彼が勝手に決めた僕の「女」の名前。分かっている、覚悟も決めた。
けれど……ちゃん付けで呼ばれて、肌が粟立たずにはいられなかった。
その呼び方気持ちわりぃ、思わず漏れた呟きに彼からまた注意が入る。
「言葉遣いも改めろよ」
「…その呼び方、僕を舐めてるんですかクソガキさん。」
「……」
「何だよ、この半年悟くんから教えられた事は全部覚えてるよ。分かってます、在学中は女の子として生活します。約束、したからね」
悟の心配そうな目がまっすぐ僕を突き刺す。自分から言い出したくせに、今更何てツラ…顔、してんのよ。ちくりと痛んだ胸を握った拳でわからないくらい小さく叩いて 気を紛らす。そう、今のままじゃいけない事くらい僕にも分かってた。これからの為に僕は変わらなくちゃいけなかったんだ。だから、悟くんのせいじゃない、そう言いたかった。でも、口を開いた瞬間 彼はすっと顔色を変えて僕の手を引っ張る。
そして、明るい笑顔でキャンパスの中央に建てられた創設者の銅像に指を指したのだった。
「大きく行こうぜ!」
彼の力強い言葉に僕は頷くことしか出来なかった。
ネタ帳のような短編です。浮かび次第次々投稿予定です。(この話は続きません)
閲覧ありがとうございました!