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 子供の誓いなんて、何の役にも立たないのだ。

 ジルは現実にたたきのめされていた。

「ダメだ」

 セアラを引き取りたいというジルの願いは父のその一言で切り捨てられた。

「どうしてですか!」

「あの子の立場はとてもやっかいな物になっている。あの子の叔父は金づるを手放すような真似はしないだろう。財産は表向きあの子の保護者となることで所有が認められた物だろう。裏に手を回してのことだろうから手放してもどうとでも手は打てるが、すこぶる面倒だ。何よりあやつらは使える駒を何の利益もなく手放さないだろう」

 狡猾な男だ。お前の手には負えない。そう言って、父親はジルの話を切り上げた。

 それで諦めるつもりはなかった。しつこいほどの訴えに何度か父親に怒鳴られたりもした。父の不興を買うことを恐ろしいと思う気持ちもあった。異母弟はますます頭のできの差を見せつけてきて、ジルは自身の立場の危うさを日々感じている。それでも諦められるほど軽い気持ちではなかった。このままでは、セアラがどんなに辛い思いをするのか。

 ジルは必死で父親に食らいついた。

「来年の成人の儀の後に僕は別宅に住む予定が決まってるから、そっちに住み込みとしてセアラを雇う形にすれば……」

 セアラを駒と扱うような親族なら、セアラが外で働いて給料を受け取る形にすれば、ひとまずあの家から引き離せるのではないか。

 奴等に金を渡すのは非常に腹立たしいが、それでもセアラをあの家からまず引き離すのが先決だと考えた。

 セアラの現状と彼女の叔父が望む条件とを考えて、ジルなりに考えた手立てを父に説明する。細かい手続きのことまで自分の考えを話した時、難しい顔をして聞いていた父は、はじめて「うむ」と小さくうなずいた。

「なるほど。良いだろう。自分が考えたことが、どれだけ通用するか試してみると良い」

 ようやく許可が下りて、セアラを迎え入れる手はずを整える。

 セアラはどんな顔をするだろう。驚くだろうか、一緒に暮らせることになって喜ぶだろうか、それとも……。

 自分こそがセアラをもう一度屈託ない笑顔が浮かべられるようにしてあげるのだという意気込みと、喜ぶだろうセアラへの期待感とで、迎えに行く前日はなかなか寝付けなかった。

 そうして町にセアラを迎えに行ったジルは、セアラが売られていったことを知らされた。


「ジルくん、来たのかい。残念だったねぇ……。もう一足早かったらお別れができたんだけど」

「……お別れ?」

「二日前に、あの子はハイメーヌ商隊に買われて町を出たよ」

 買われたという言葉に、ジルは叫んだ。

「どうして……!!」

「あいつらと確実に手を切れる、一番安全な手段だからよ」

「安全……? 売られたのに……?」

 許しがたいと怒りを抑えられないジルに、町の住人達が、セアラが売られていったハイメーヌ商隊について説明をはじめた。

 名前とどういう事業をする商隊なのかは知っていたが、聞かされた物は知らないことばかりだった。

 そして話を聞くほどに、文句の付けようのない環境が約束されるのだと、理解せざるをえなかった。おそらくジルがどんなに頑張っても、それだけの環境は整えることができないだろう。いや環境だけならできる。けれどジルの元ではあの叔父夫婦と手を切ることができない。搾取され続ける可能性が残る。

「だから、ジルくん、セアラの門出を、祝ってあげて」

 売られたのに、門出なのか。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……!!

 悔しさと怒りで言葉すら出てこず、握りしめた拳が震える。

 親をなくした子に約束される未来なんて何もない。けれどセアラを引き取った商隊なら、安定した未来を約束される。衣食住、加えて知識や教養、そして真っ当に生きていく術、全てが与えられる。

 それは、親をなくした子にとって、まさしく幸運だった。

 でも。

 そんな物、くそ食らえだ! だって、セアラは僕が守るはずだった。だって僕があの子を助けて、僕があの子を笑顔にするはずだった……!

「僕が……、僕、は……!!」

 ギリギリと歯を食いしばる。悔しくて、悔しくて涙がにじむ。あの子と引き離されたことが苦しくてたまらない。

 どうして僕は子供なんだ。どうして僕にはセアラをすぐに助けるだけの力がなかった。どうして僕は……あの子がこの町を去る前に、間に合わなかった……。

 悔しさに声を殺して泣くジルに、住人達が、セアラも泣きながらジルが迎えを待っていたことを話してくれた。

 セアラは最後まで自分を信じて待っていてくれたのだ。

 なのに、僕はそれを裏切ったのだ。

 ごめん、セアラ、ごめん……。

 歯を食いしばりながら、心の中で何度もつぶやく。

「だから、ジルくんはセアラのために、立派な商人になってね。どこにいてもあなたの名前が届くように、セアラがあなたを探しに行けるように、お父様の後を継いで、立派な商人になってあげて」

 その人がジルの手を握り、真っ直ぐに目を見据えて言った。

「セアラの、た、め……」

 思わずつぶやくと、その女性はふんわりと笑ってうなずいた。

「悲しみも、苦しさも、未来の可能性を広げる糧にするの。悔しかったら、どうすれば良かったかたくさん考えて、いつか似たような事態が起こった時に備えておくの。いざというときのためにたくさん知識と力をためておくの。ジルくんは、それができるでしょう?」

 その女性が何を言いたかったのか、その時はよく理解できなかった。

 力を溜めなさいと言った、それがセアラの為になる、という意味だろうか。しばらく考えたが、頭が働かない。

 今はただ、セアラを失ったという悔しさとむなしさだけがジルの心を押しつぶしていた。


 どんなに苦しくても毎日は過ぎてゆく。セアラを迎え入れようと精力的に動いていたのが嘘のように、何に対してもやる気が出ない。興味を持てない。

 ハイメーヌ商隊のことを調べてみれば、出てくるのは全般的にいい情報ばかりだった。話を聞いた父親からも、それは良い選択をしたと住民達に感心していた。

 それでもジルはハイメーヌ商隊からセアラを取り戻さなければいけないような理由を探して探して……そして見つからず、何もかもが嫌になった。

 自分が助けてやらなければいけない理由など、どこにもなかった。

 もう、どうでもいいや。

 セアラのことも、自分がやらなければいけないことも、何もかも。

 投げやりになって全ての努力をやめてしまえば、飽きるほどの時間がジルにはあった。暇を持てあましぶらぶらと、外を徘徊することが増えた。


 その日はふと目を向けた店先でセアラの好きそうなお菓子を見つけた。セアラの笑顔がよぎって、気がつけばそれを二つ買っていた。けれど、買ったお菓子を見つめながらじわじわと暗い感情に浸食される。

 これをやりたいと思う少女はもう手が届かない所に行ってしまった。こんな物を買っても、あの子に渡すことなどできない。一緒に食べることも……。

 やるせない気持ちで家に帰ると、義母と異母弟がそこにいた。

 気分が落ち込んでいる時に、間が悪い。

「ただいま、帰りました」

「おかえりなさい、兄上」

 仕方なく声をかければ、特に返事もなく小さくうなずいて答える義母と、他人行儀に丁寧に礼をする異母弟に、ジルは苦く笑う。相変わらず、この母子は少し苦手だ。そう思いつつも緊張した様子の弟に目をやれば、背はセアラと同じぐらいだということに気付く。

「ああ、ただいま」

 何となくそばに行ってセアラにするようにぽんと頭を撫でてみる。そういえば、弟にこんなことをしたことはなかった。

 驚いた顔をしてジルを見上げた弟は、ジルの手の動きにくすぐったそうにはにかんでいた。それは大切な少女の笑顔を思い出させた。

 ジルは少しかがむと、セアラにしていたように弟にも目線を合わせる。

「ジョエルは、お菓子は好きか?」

「はい、好きです」

 かがんだまま、すぐそばにいる義母を見上げた。

「……母上、ジョエルにお菓子をやっても良いですか、その、一つだけですので」

「ええ、いいですよ」

 珍しく義母が微笑んで返事をしたのにほっとして、弟に笑いかける。

「ふたつ、買ってきたんだ。……半分こして、一緒に食べよう」

 いつもセアラとしていたように、異母弟を誘う。

「はい、兄上!」

 弟が、うれしそうに笑った。

 あの子も、こんな風に笑っていた。

 なぜか、泣きたいようなうれしいような気持ちになって、ジルは弟に笑いかけながら、にじむ涙をごまかすように、グリグリとその頭を撫でた。



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