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 セアラが両親を亡くしたのは五歳の時だ。

 父親は町の相談役に当たる仕事をしていたらしく、近所からは先生と呼ばれて親しまれていた。セアラはどこに行ってもかわいがられ、「いつも先生には世話になっとるからなぁ」という近所の人からの言葉を誇らしく思っていた。

 母親はそんな父の手伝いをしていたようで、セアラが一人でお出かけや留守番が出来るようになった頃から、だんだんと仕事に復帰しはじめていた。

 その日もセアラは隣の八百屋のおばさんの家にあずけられていた。小さな売り子は評判が良く「今度はウチの売り子に来ておくれ」と肉屋のおじさんに声をかけらるのもいつものこと。

 置いて行かれることにはほんの少し寂しさもあるけれど、これからも両親と三人で暮らしていくのだということは、セアラにとって考えるまでもなく当たり前のことだった。


 夕方、一人お客さんが来たかと思えば急に慌ただしくなった。八百屋のおばさんが、「先生達は仕事で帰れないみたいだから、今日はウチに泊まっていきな」と、少し困ったように笑う。よくわからないままそれにうなずくと、大人達は父や母の名前を時々口にしながら、ばたばたと走り回った。

 そのまま、両親が帰ってくることはなかった。

 後に知ったのだが、その日もたらされたのは、二人の乗った馬車が崖下に転落した、という知らせだったらしい。けれどそれを知るのは一年後。セアラは両親の行方不明を何も知らされないまま、毎日を過ごす事となった。

 一人で暮らしながら両親の帰りを待つ毎日。

 といっても五歳の少女が一人で暮らしてたちいくはずがない。けれどセアラは家に帰りたがった。家で両親を待つと、一人で寝ると言い張った。

 その時点で両親は生死不明の状態であったが、状況から生きているとは考えにくい。近所の者はセアラの引取先を探したが、幼子一人を養う余裕のある者はなかった。

 しかし引き取ることはできなくとも、見守るぐらいならば地域で代わる代わるやっていける、そう目途を立てた近所の住人達は、一人で家で待つというセアラの言い分を受け入れる形で取り入れた。おそらく孤児となるであろうこれから先を思えば、それも悪くはないと互いに言い聞かせて。

 セアラは一人で生活する術を少しずつ教えられながら、手探りの一人暮らしを始めたのだ。

 孤児という存在は多くはないが、少なくもない。五歳だと孤児院が一般的だが、町外れの貧民街になっているところでは幼い子供達だけで日銭を稼ぎながら暮らしているのも珍しくない。その中にはセアラよりも幼い子が混じることもある。更にいえば空きのある近くの孤児院があまり評判が良くなかったというのが、住民達がセアラを孤児院に入れなかった大きな理由だった。

 それならば、自分たちがセアラを見守りながら生活させる方がマシだと。少なくともここにはセアラを殴る者はいない。そして食事も与えられる。一人で生活できるほど成長すれば、家にある物を処分しながら暮らしていけるはずだ。

 近所にはセアラの両親に恩を感じている者が多かった。利発で愛らしいセアラ自身もまたかわいがられていた。幸い、セアラの両親が残した財産はそれなりにあった。家に残された現金を地域で管理しながら、地域全体でセアラを育てていた。

 せめて死亡が判明するまでは、せめていい孤児院が見つかるまでは……。多くの住民達がそれを願い、面倒を見ることを決めたのだ。

 土地によっては良くて孤児院、ひどい場合は家財一切を奪われ町の外へ捨てられてもおかしくはなかった。保護者を亡くした子供の末路など、運が良い一握りの他は悲惨な物だ。

 間違いなく、その時のセアラは運の良い一握りだった。


 そんな状態で暮らしている頃に出会ったのが、ジルだ。

 何度か見たことのある「おおきなおにいちゃん」は、いつも彼の父親と共にこの町へ来て、数日後にはいなくなるということをセアラは知っていた。彼の父親がセアラの父の元に訪れることがたびたびあったからだ。数えるほどしかないが遊んでもらったこともある。

「君は、とても歌が上手だな」

 夕暮れ時、町の入り口近くで両親を待っていたセアラに、そう声をかけてきたのがジルだった。

 今日も両親は帰ってこなかった。もう少し、もう少し……と、暗くなってから帰るのはいつものことだ。

 帰りを待っている間、セアラは母に習った歌を歌う。「セアラはお歌が上手ね」そう言って褒めてくれたから、セアラは歌うことが大好きだった。

『セアラのお歌が聞こえると、どこにいるかすぐにわかるわね。かわいいセアラのお歌が、だあいすき』

 一人で歌っていると、そう言って母が見つけてくれるのだ。『セアラ、みーつけた』と笑顔で顔をひょっこり出して。そして父が『私にも聞かせてくれないか』そう言って二人でセアラをはさんで家に帰るのだ。

 おとうさん、おかあさん、せあら、ここにいるよ。

『みーつけた』という母の一言を待ちわびて、セアラは毎日夕暮れ時は町の入り口で歌うのだ。

 母の『みーつけた』ではなかったが、歌を褒められて顔を上げると、セアラよりずいぶん年上の少年がいた。

「こんなところで何してるの? 暗くなるよ、帰ろう」

 腰を曲げて、セアラの目線に合わせてくれたそのおにいちゃんは、ニッと笑うと、セアラの頭を、グリグリと撫でた。

「君が遅くまで外で待っていたってお父さんとお母さんが知ったら、心配しするだろ? 待ちたいなら家で待とう」

 帰りを促されるのははじめてじゃない。でもいつも意地をはってここに居座った。

 普段聞き分けの良いセアラが、このときだけは意地をはる。住人達も、半ば諦めていた。

 ほらと手を出されて、「バレたら叱られるぞ」と促されて、セアラはしょんぼりしながらのばされたジルの手を握る。

 まだ空に明るさは残る。いつもならもっと居座るのだが、ジルに促されたセアラは「そうか、かえらなきゃ」と素直に思った。

 五歳のセアラにとって、大人の言葉よりも「おおきなおにいちゃん」の言葉はとても重く、のばされた手はとても頼もしく思えた。

 手を繋いで歩きながら、おにいちゃんが「もっと歌をききたいな」というので、セアラはうれしくなって、歌を歌いながら帰った。

 大人達からはまだ彼が子供のように扱われていたのは知っていた。背がまだ大人ほどにはないことも。でも、だからこそ、自分に近い目線で物を見、けれど自分よりもずっと先を見通せる彼の言葉は、セアラには大人達に向けられる物よりずっと信頼出来た。

 大人に大丈夫といわれても、何か隠されているような不安がいつも残った。けれどジルが大丈夫といえば、本当に大丈夫な気がした。

 帰ろうといわれて、帰らなきゃいけない気がした。

 二人で手を繋いで、歌を歌いながらの帰り道は、両親が帰ってこなくなって、はじめて楽しいと思えたのだった。

 はじめは、そんな些細な「おおきなおにいちゃん」に対する単純な信頼感だった。

 ジルも、ジルの父親も、おそらくセアラの身の上は知っていた。セアラはジルの父親と関わることはなかったが、ジルは町にやってくると必ずセアラのことをかまうようになっていた。

 来る度に、ジルはお土産だといってセアラにお菓子をくれた。両親がいた頃にはたまに食べていたが、その頃にはほとんど口にすることがなくなっていた為、セアラは大喜びした。

 おおきなおにいちゃんがかまってくれるのがうれしく、セアラは時間が許す限りジルについて回った。ジルも嫌がることなく手を繋いで許される限り連れて歩いた。

 おおきなおにいちゃんといっても、あくまでセアラにとって、ということであり、おそらく十をいくつも過ぎてなかった年頃だ。年の割にしっかりしていたとはいえ、その頃のジルはまだ子供だった。けれど彼はセアラを邪険にすることなく、ただただ一緒にいたがり、関心を自分に向けようとするセアラによく付き合っていた。

 それはセアラが年の割に聞き分けの良い子供だったせいかもしれないし、ジルがセアラの立場を思ってがまんしていたせいかもしれない。なぜだったのかセアラには分からないが、近所の大人達に「本当に兄妹みたいね」といつも声をかけられるほどに仲が良かった。


 その頃にはセアラも薄々、両親はもう帰ってこないのではないかと気付いていた。

 両親のことを聞くことさえ諦めかけた頃、ついにその知らせが来た。

 両親が亡くなっていた、と。

 両親は、川に流されずっと下流の農村で二人一緒に葬られていた。遺体は同じ場所に流れ着いて、夫婦を示す首飾りがあったため、一緒に葬ったとのことだった。遺品として二人の首飾りが町へと戻ってきた。

 両親がいなくなって、まもなく一年が過ぎようという頃の知らせ。セアラは、六歳になっていた。

 両親の死亡が判明し、セアラを本格的に孤児院に入れる話が持ち上がったが、覚悟が決まっていたとはいえ、決定的に両親が帰ってこないと分かったセアラの様子は痛々しく、もう少し、もう少し、と先延ばしになっていた。

 しかし、近所で交代で見ているとはいえ、いつまでもセアラにかまけていられないのが現実である。既に一年近く幼児の一人暮らしの面倒を見てきたのだ。これから成長していくとはいえ、五年十年続けるとなると無理が出てくる。もう続けられないという者も出始めたのも当然といえた。


 評判が良くないが近くの孤児院に入れるか、近所なら様子を見に行けるし……と話が進み書けた頃、セアラの父方の叔父という者が現れた。

 その男は、確かにセアラの父親とよく似た顔立ちをしていた。にこにこと笑いながら、言葉巧みに説明をしてセアラを引き取りに来たと家に居座りはじめた。

 その時誰もが安心したのだ。最初の内は特に問題は見られず、セアラもよくわからないながらも、「良かったね」と近所の人に言われながら、このおじさんにに引き取られるのだと素直に従っていた。

 だから、誰も気付かなかった。気付いた時には、セアラに残された財産は全て男の物となり、セアラには何も残されていなかった。

 セアラには味方がたくさんいた。誰もが気の良い、善良な人たちだった。そして難しいことはセアラの父に頼って手続きを代行してもらうのが当たり前だった。そうして悪意を前にしたとき、セアラを助けられる者はそこにいなかった。



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