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 到着したのは、予定通り夕刻だった。日はまだ高いが、逗留の準備と手続きを行わなければならない。それから取引先への挨拶だ。

 一息つけるのは夜になってからだ。到着直後が一番慌ただしい。

 早くハイメーヌ商隊へ行って、セアラがいないかを確認したい。彼女の姿を確認したい、今度こそ彼女を……。

 夜になり、疲れ切った体で宿に戻る。こんな暗闇で押しかけたら物取りと間違われるのは必至だ。そうしてでも行ってしまいたい自分に苦笑いしながら、ジルは体を横たえる。

 明日。明日になれば。そうすればセアラに会いに……。


 翌日、ジルは隊の確認作業を終えると昼前になってようやくハイメーヌ商隊の元に向かった。

「いない……?」

 別の隊だったのかと思ったがそうではなく、セアラは確かに今回のハイメーヌの隊に所属していたらしい。そして、昨日までは町にいたというのだ。

「それがねぇ! セアラの歌の素晴らしさに、セロームの団長がが目をとめちゃって!!」

 セアラの歌が美しいことはハイメーヌ商隊の中でも有名だったらしい。セロームの舞台を見た後に「セアラだって負けてないわよ」と仲間にはやし立てられ、いつものように街角で歌っていたのだが、そこにセロームの団長が偶然通りかかったのだという。

「あっという間だったのよ!」

 興奮してその女性は説明をする。

 ちょうどセアラは借金をもうすぐで払い終えるという頃で、この旅の後、隊を出ることも話に上がっていたらしい。荷物を全て持って、サンデリナに向かう隊に合流後、脱退することが決まっていたのだという。引き継ぎの準備がほぼできていたのは幸運だったと彼女は続けた。

 サンデリナというのは、オーブリー商会の本拠地がある土地だ。セアラはジルに会うことを考えていたのだろうか。

「それで、楽団の方でもう一度聞かせて欲しいって請われて歌を歌ったら、もう、是非ともって言う感じで受け入れられちゃって! 今、女性の歌い手がいない状態で公演をしていたから、やっと歌姫が見つかったって!」

 ジルは血の気がひいていくのを感じながら、女性の言葉を必死に咀嚼する。

「セローム楽団が次向かうのはどこだったか聞いたか?」

「ああ、それはねぇ……」

 次向かう土地を聞いて、絶望感がこみ上げる。サンデリナには通じない町だ。そちらに向かうということは別の国を回ると言うことだろう。セアラがオーブリー商会に出向く事はまずない。

 追いかけられないかと、まず考えた。

 すれ違ったのは昨日の昼過ぎ。

 そこに向かうにはここから半日ほどで到着する村に一晩泊まり、早朝から出て丸一日かけて次の町に移動することになる。

 今はもう、昼だ。今から馬を借りて追いかければ今日中に彼女の元に着くだろうか。いや、追いつくには夜通し駆けなければ追いつけない。けれど足場の悪いところも多くあるあの道を夜に通るのは難しい。四日……いや、三日あれば彼女を追いかけることができるだろうか。

 ジルはめまぐるしく移りゆく思考をまとめ上げながら状況を確認してゆく。

 ダメだ、隊を開けるとしても一日が限界だ。しかも、今日は無理だ。自由が取れる日があるとしたら四日後。

 ジルは話をしてくれた女性に礼を言い、商隊を後にする。

 吐き気がする。体が指先まで冷えて、妙にすっきりしている頭とは裏腹に、ぐらぐらと揺れるような感覚がする。

 先ほどの女性の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

 ようやく部屋にたどり着くと、そのまま座り込んだ。

「……セアラ」

 彼女の名前を呼んだ。

 自身の声がむなしく響き、今、自分は一人であることを実感する。

「セアラ」

 また、間に合わなかったのだ。

 ケンカ別れして、そのまま会えなくなったあの日の絶望がよみがえる。

「セアラ」

 幼い頃、助けてやると約束したのに、間に合わなかったあの日がよみがえる。

 必ず迎えに行くと約束したのに、俺は間に合わなかった。

「セアラ」

 あれからずっと、自分は彼女の手を掴み損ねている。あの日からずっと、セアラを守れなかった後悔にさいなまれ続けている。

 やっと今日、会えると思ったのに。会えた、筈だった、のに。

「また、俺は間に合わなかったのか……!」

 必ず迎えに行くと約束したのに。

 また、まただ……!

 最初にセアラを失った時の絶望がよみがえる。

 何がセアラにとって良いかとか、そんなことは関係ない。

 間に合わなかった事実はどうしようもなくジルを追い詰める。

 セアラがハイメーヌ商隊に買われた時、あれで良かったのだと何度も自分に言い聞かせてきた。でも、だからと、今度こそ失わないようにと力を付けようとがむしゃらにここまで来た。

 あの時自分が間に合っていたら、今の自分はなかった。あの子の自由もなかった。だから、あれで良かったのだと思う。理性では確かにそう思うのに。

 こうしてふたたび彼女が、掴もうとした自分の手からすり抜けていったのだと思うだけで、苦しいほどに実感する。

 それでも、俺が助けたかった、と。

 あの子を助けるのは、いつだって自分でいたかった。自分こそがあの子を守りたかった。自分の隣で笑っていて欲しかった。

 俺は、俺の力であの子を守り切って、ずっとあの子と一緒にいたかった。俺が、俺こそが。あの子にとって一番の頼りになれる人間でいたかった。あの子のよりどころでいたかった!!

 再び出会って、そして成長したセアラを知って、ふたたび彼女を切望して。また手から離れて。もう二度と彼女を見つけたら離れずにすむようにと、それだけを求めていた。

 なのに、なぜ……!!

「どうして俺は、いつも、いつも、大切なところで間に合わない……っ」

 悲痛な声が小さな部屋に響く。

 震える声と共に、顔を覆う男の手の平が、じわりと濡れた。





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