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路地裏の魔女  作者: 蒼メ
6/25

6輪目 友達

 友達って なんだろう


 本で 読んだことが ある


 互いに 心を許し合って 対等に 交わっている人


 一緒に 遊んだり 喋ったりする 親しい人


 わたしには できない


 きっと 出会うことすら できない


 空想の中 だけだと 思ってた


 おとぎ話 の中に 存在する人なんだ と思ってた


 どんな人が 友達だったら いいかな?


 面白い人 明るい人 優しい人


 どれも 素敵で もったいない


 わたしなんかと いても きっと 楽しくないもの


 でも 本当は 欲しいんだ


 できたらいいな わたしの 友達



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「これは何?」


 ロンは森の茂みで見つけた植物の名前を聞いてきた。わたしは両手でその植物が何なのか探るようにして触った。


「これは×××だよ」

「ふぅん、変な名前」


 ロンはその植物を食い入るように見ながら指で突いている。しかし、すぐに飽きたのか立ち上がり、わたしの手を引いて、戻ろうか、と言って家の方に歩き出した。

 ロンが家に遊びに来るようになってから、十度程太陽が昇った頃だろうか。ロンは自分の名前を書けるようになり、読みに関しては童話などの絵本を読むことが出来るようになってきていた。余程、文字の読み書きがしたかったせいか、覚えが早かったのだ。

 毎日欠かさず家にやって来るロンはわたしが目が見えないということを思ってか、いつもわたしの手を引いて先導してくれる。

 ――これが、友達というものなのだろうか。

 木漏れ日が心地良く、森の空気を吸うと体全体が気持ち良い。やさしく吹く風は頬を撫で、木々は話し掛けてくるように葉擦れの音を響かせる。

 あれもこれもいつも一人で感じていた。どれだけ綺麗な景色を見るときも、どれだけ美しい音色を聴くときも、わたしはいつも一人だった。けれど、今は違う。友達がいるもの。

 わたしの手を引く彼の手は、わたしと同じくらいの大きさだけれど、少しだけ硬くて優しい手。彼の手から伝わる熱は、わたしの手を伝ってわたしの中に入ってくる。初めての感覚だった。それは不思議と嫌いじゃなくて、むしろ心地良かった。


「何がそんなに可笑しいの?」


 前を向くと、ロンがこちらを見ていて、不可解そうな顔をしている。


「可笑しい?」

「うん。だってアンジュ、笑ってるから」

「え……」


 わたしは自分の顔を空いている方の手で触れた。

 自分で気が付かない程自然に笑みがこぼれていたなんて。なんだろう、この感じ。体が妙に温かくて、内側がくすぐったい。友達がいるって、こんな感覚がするものなのかしら。

 わたしは頭を振って、笑みを口角に浮かばせてロンに言った。


「可笑しいなんて思ってないよ。なんだか、楽しいの! こんな気持ち初めてだわ!」


 ロンはわたしの笑顔を見て驚きの色を示したが、すぐに笑顔を見せた。


「僕も、アンジュにいろいろなこと教えてもらえて楽しいよ!」


 そうか。これが友達なのね。時間を共に過ごし、楽しい気持ちを共有する。とても素敵なことじゃない。あの頃では想像も出来なかった、況してや、その存在も知らなかったわたしは、なんてつまらない日々を過ごしていたのだろう。

 戻りたくない。この日々を壊したくない。あんな気持ちをするのは、もう嫌だ。

 ――絶対に、×××。



 あれからどれだけの花々を見ただろう。何度一面真っ白に輝く景色を見て、美しいと感じただろう。

 ロンとわたし。長い時間を一緒に過ごしてきた。ロンはほぼ毎日わたしの家に来ていたし、わたしもロンが来るのをいつも楽しみにしていた。共に過ごし、悲しいと思ったことなんてなかった。辛いと思ったことなんてなかった。ただ、楽しい。それだけでわたしの心は満たされた。

 けれど、一つだけ胸が苦しくなる時がある。それは、ロンが自分の家に帰る時だ。わたしはいつも笑顔で手を振り、見送った。ロンはそれに笑顔で返してくれる。その笑顔を見る度、わたしは思う。

 独りになる。

 もう少しだけでいいから。

 そばにいてよ。

 怖いんだ。

 嫌なんだ。

 だって、独りはこんなにも寒いんだ――。

 なんでこんなことを考えてしまうのだろう。わたしはいつも独りだったじゃないか。優しさを信じて触れたら、裏切られたじゃないか。

 ねぇ、優しさってなんなの?

 信じていいの?

 わたしには分からないよ。

 ロン――。

 あなたのそれは本物?

 それとも――。


 ボォォン、ボォォン。

 お腹の底まで深く響いてくる大きい時計の音。それはわたしの心の嘆きを表現しているかのように声を上げている。

 わたしとロンは赤い絨毯の上に横になりながら、本を読み漁っている。わたしは読んでいた本を閉じ、積み上げられている本の山にそれを乗せた。同時に、ロンも本を閉じ、その場に立ち上がって大きく伸びをした。


「もうこんな時間かぁ。……そろそろ帰るよ」

「うん」


 わたしは見送ろうと立ち上がると、ワンピースの裾を踏み、体勢を崩してしまった。あ、と声を上げ、そのまま前に倒れ込みそうになり、わたしは目を閉じた。すると、予想していた衝撃とは違い、体を優しく包まれたような感触がした。目をゆっくりと開けると、わたしの肩を支えるように掴んでいるほっそりとした手が見えた。顔を上げると、安心とも驚きともとれない表情のロンが近くにあった。

 自分の顔がみるみる紅潮していくのが分かった。わたしは目を逸らしてそこから離れようとした。


「あ、ありがとう……」


 しかし、わたしの肩を掴んでいる手は力を緩めようとはしてくれない。わたしは変に思い、再び顔を上げると、酷く冷たく静かな目をしているロンがわたしを見ていた。


「ロン、もう大丈夫だから。離してくれない?」

「……」

「……ロン?」


 ロンの視線はわたしから逸らされることはなく、沈黙が続いた。

 なんで黙ってるの。

 何か言ってよ。

 離してよ。

 おかしいよ。

 どうしちゃったの。

 ねぇ、ロン。

 どれだけの沈黙が流れただろう。一瞬だったかもしれないし、数秒程度だったかもしれない。けれど、わたしにはその冷たく張り詰めた時間が永遠と呼べるほどに長く感じられた。

 二人の視線が交わり続けていると、堅く結ばれていたロンの口が開かれた。


「……軽いね」

「……?」


 ロンは掴んでいるわたしの肩を離した。

 わたしはすぐにその言葉の意味を理解することが出来なかった。そして、それが何に対しての言葉なのか。わたしは理解しようとする頭を必死で回転させていると、ロンが次の言葉を発しようと息を吸った音がやけに大きく聞こえた。


「……なんでこんなに軽いんだよ、アンジュ」


 ドクン――。


「……だってそれは、わたしの体が小さいから」

「そう。アンジュの体は小さい。それは分かるよ。けどさ……」


 わたしは真っ直ぐにこちらを見つめるロンから目を逸らした。ロンは構うことなくそのまま続けた。


「けど……アンジュの体さ、僕と出会った頃と何も変わってないよね?」


 ドクンッ――。


「初めて会った時は同じくらいの歳かなって思っていたけど、今は君が幼く見えるよ」


 やめてよ。


「君は物知りで、難しい本も読める。そのおかげで、僕もたくさんのことを教わったよ」


 まただ。


「そして、月日が経つにつれ、体も大きくなった。でも、君の体はその知識量に伴わず小さいままだ。……どうしてだい?」


 何かが崩れていくような音がわたしには聞こえてくる。きっとそれは、以前にも聞いたことのある音だ。それが一体どんな音かと聞かれても、言葉ではあまりにも言い表し難いものである。

 その音は背後から忍び寄るように確実にわたしに近付いて来ている。


「わたしは……病気だから」

「僕は君の目が見えない理由は病気だからって聞いていたけど、体の成長にも影響しているのかい? それとも、いつも飲んでいる薬の副作用とか?」


 ロンの目はいつもの優しいものとは違い、疑心に満ちている。


「他にも気になっていることがあるんだ。……君、ほんとに目が見えないの?」


 なんでこうなったのだろう。


「だって、君は目が見えていないはずなのに、普通に歩ける。食事も一人で出来る。一番疑問に思ったのは、文字が分かることだよ」


 自業自得なのかもしれない。


「前に一度、なんでそんなに読めるのかって聞いたことあったよね? その時君は、『病気になる前は、本をたくさん読んでいたから』って言った。君と初めて出会った時、君は病気の療養のために越してきた、とも言っていた。僕はその頃まだ幼かったし、そうなんだと思って受け止めた。けれど、今は違う!」


 ロンの声が少し強く発せられた。わたしはその声に驚き、肩をぶるっと震わせた。ロンは真っ直ぐにこちらを見ている。


「……君の両親はどこにいるの? 療養のために越してきたなら、家族と一緒に来るはずだ。こんなに大きい家の持ち主ならなおさらね。けれど、僕は今まで君の両親も兄弟も誰一人として見たことがない」


 また、崩れちゃうのかな。

 ロンは瞬き一つせずにわたしを見続けている。


「君、僕に何か隠しているよね?」


 そんな目でわたしを見ないでよ。もう、何も言わないでよ。何も聞きたくないよ。


「……ねぇ、その包帯の下、見せてくれない?」


 背筋が凍りついた。

 疑心と緊張が入り混じった目。

 感情の高ぶりによる荒い息遣い。

 顔に伸びてくる手はわたしにとって恐怖そのものだった。わたしは目の前の光景に動くことすら出来ない。

 ロンの伸ばす手は強引にわたしを押し倒した。仰向けに倒れたわたしを片手で床に押さえ付け、もう一方の手で乱暴に包帯を外し始めた。

 わたしとロンの体格差はあまりにも大きく、力づくでどうこう出来るものではなかった。わたしはロンの豹変ぶりに声を上げることも出来ず、されるがままになっていた。

 両目に巻かれていた包帯を取り終えると、ロンの顔色は驚くべき速度で変わっていった。


「うわぁぁぁあああ!」


 ロンはわたしの上から飛び退き、尻餅をついた。恐ろしいものを見たとでも言うような表情をし、足には力が入らないのかガタガタと震わせながら後退している。ロンはわたしの顔を指差して言った。


「ば、化け物ぉぉおお!」

「違っ、化け物なんかじゃ……」

「じ、じゃあ、なんだよぉ! その顔はぁぁあ!?」


 嫌だよ。

 やめてよ。

 そんな顔しないでよ。

 化け物なんて、ひどいよ。

 わたしたち、友達じゃなかったの?

 友達ってこんなに呆気なく壊れちゃうの?

 戻りたいよ。

 あの温かい日々に。

 二人で過ごしたあの時間を――絶対に、離したくない。

 わたしは四つん這いの姿勢でロンに近付き、手を伸ばした。


「寄るなぁ! 化け物ぉおお!」


 ロンはわたしの手を払い退け、一目散に部屋から飛び出した。わたしは払い退けられた手で空を掴んだ。

 置いて行かないで。

 また、わたしを一人にしないでよ。

 わたしはただ、優しさに触れていたかっただけなのに。

 ロンを信じていたかったのに。

 もう、戻れないのかなぁ。

 ねぇ、ロン。

 独りは寒いよ――。

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