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路地裏の魔女  作者: 蒼メ
5/25

5輪目 人間

 家族


 わたしには 一人しか いなかった


 友達


 そんなの いたことなんて ない


 他人


 そもそも 一人しか 知らないもの


 たった 一人しか 知らない わたしは


 その一人に 裏切られた わたしは


 何を 信じればいいの だろうか



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 家の周りには森が広がっている。玄関から出て左の方に獣道があり、そこを進んでいくと、少し開けた場所に出る。

 空を見上げると、木々の枝が絡み合うようにして伸びていて、太陽の光を遮っている。地面には黄色い花や青い花、赤い花が咲いていて、周りの木々には紫の草が絡み付いている。見た目の綺麗な色の花は全て薬草だ。人の半身を動かなくさせたり、死に至らしめることも出来れば、傷を癒す薬草もある。

 わたしは薬草の効力に興味は無いけれど、この花たちとおしゃべりするのは好きだった。青い花は心配性で、黄色い花は口が悪い、赤い花はマイペースだ。どの花も個性豊かで話していて楽しい。

 青い花はいつも何かを心配をしている。


『アンジュさん、目の調子はいかがですか? 外に出て体調は崩されていませんか?』


 そんな青い花に黄色い花は強い口調で言い放った。


『大丈夫だから外に出ているんじゃない! あんたは心配し過ぎよ! 』


 そんな黄色い花に赤い花は棘のない穏やかな口調で言った。


『まあまあ、そんなに怒鳴らなくても。黄色い花さん、いつもイラついてばかりいるとせっかくの綺麗な黄色が色褪せてしまいますよ』

『うるさいわね! あんたたちを見てるとイライラしてくるのよ! やたら心配する奴と何があってもマイペースな奴と毎日過ごしていたら、イラつくのも当然じゃない!』

『私の蜜で治めましょうか? 少しは楽になると思いますよ?』


 青い花の蜜には精神状態を落ち着かせたり、傷の痛みを和らげる効力がある。つまりは麻酔だ。黒猫曰く、効果は絶大らしい。

 花に対しても効くのだろうか。


『あんたの不味い蜜で治るわけないでしょ! ふざけたことばかり言ってると、あたしの粉でその口麻痺させるわよ!』

『まあまあ落ち着いて、黄色い花さん。僕の花びらでも食べますか?』


 黄色い花はゆさゆさと左右に大きく揺れ動いている。


『あんた、あたしを殺す気? あんたの花びらなんて食べたら、枯れちゃうでしょ! あぁもう、どいつもこいつも馬鹿ばっかなんだから……』


 わたしは彼女たちのやり取りが好きだ。まるで家族のように温かい。お互い分かり合っているようで、何でも言い合える。いつも同じ時を過ごしている彼女たちのことをわたしは――羨ましい。

 そう、わたしは羨ましいのだ。

 誰かと築くそんな関係を。

 誰かと過ごすそんな時間を。

 誰かと本音を言い合える仲になれることを。

 わたしは魔女になる前からそう憧れていたんだ――。



 その場所を後にしたわたしは家の扉の前に来ると、わたしの脚くらいの太さの黒いヘビが体をくねらせながら草陰から這い出てきた。


『アンジュさん……』

「どうしたの?」


 わたしは扉に掛けていた手を離し、顔だけをヘビに向けた。

 このヘビもカエルと同様に使い魔だ。使い魔は他にも、クモやフクロウ、オオカミがいて、彼らは家や森の監視をしている。

 何のための監視なのか。

 それは、異物の発見及び排除。異物とはつまり――。

 ヘビは舌を小刻みに出し入れをしながら言った。


『森に人間が迷い込みました……』


 人間だ。


『如何なさいますか?』


 人間がいる。


『殺しましょうか?』


 この森に。


「いや……」


 すぐそこに、人間がいる。


「そのままでいいわ。初めて目にする人間だもの。どんな顔をしているのか見てみたいわ」

『……承知致しました。どうかお気を付け下さい』


 ヘビは草陰に引き返していった。わたしの心臓は今にも飛び出しそうな程速く、大きく打ちつけている。わたしは扉に背を向け、森の方を目を見開いて凝視した。

 森は息を潜めているかのように静かだ。わたしは森に向かって手招きする仕草を取った。すると、森中が呻いているかのように風が強く吹き、葉擦れの音が鼓膜を揺らす。動物達は異質な力に驚いたのか慌てふためいている。

 飛び去る鳥。

 逃げ惑う鼠。

 駆け抜ける兎。

 それらはわたしが向いている方とは逆方向に去って行った。

 しんと静まり返った森。その正面に見える獣道を何かが歩いているのをわたしは視界に捉えた。

 ――人間だ。

 自分と同じように二足歩行をし、服を着ている。

 人間はわたしに気が付くと、顔をほころばせて駆け寄ってきた。


「ねぇ、きみはだれ?」


 人間はわたしの顔を直視している。

 背丈はわたしと同じくらいだろうか。

 栗色の短髪にその髪色と同じ色の大きな瞳。

 膝には土が付いていて、手には細い枝を持っている。

 笑うその人間の前歯は露骨にも一本だけ抜けている。

 わたしは口角だけを上げて笑って言った。


「わたしはアンジュ」

「へぇー、いい名前だね」


 いい名前――なのかしら。


「ぼくはロンっていうんだ」


 ロン――。

 何がいい名前でどれが悪い名前なのか、わたしには分からない。けれど、わたしの名前をいい名前と言ってくれたことに悪い気はしなかった。

 ロンはわたしの顔から目を離そうとはせず、まじまじと見続けている。そして、包帯が巻かれているわたしの目を指差して言った。


「……きみ、目が見えないの?」

「……」


 何と答えればいいのか分からなかった。魔力でカエルの目を通して見てはいるけれど、実際に見えているわけではない。人間に魔力のことを話しても忌み嫌われるだけ――。

 いや、違う。

 そんなことじゃない。

 そもそも考えるところはそこじゃないでしょ。

 わたしは自分の願いのために人間の持つ魂を黒猫にあげるだけ。人間にわたしのことをどう思われようが関係ない。

 そう、関係のないはずなのに――。

 ――いいなまえだね。

 ロンの一言がわたしの中に入り込み、頭の中を駆け巡っている。それがわたしの思考を鈍らせ、言葉を紡ぐことが出来なかった。

 ロンは黙っているわたしを見て不審そうな顔をしている。わたしは仕方なく事実を半分だけ口にした。


「そうよ。わたし、病気で目が見えないの」

「そうなんだ……」


 ロンは悲しげな表情を浮かべている。

 やめてよ、そんな顔。同情なんて必要ない。上辺だけの感情を見せても無意味だわ。どれだけ取り繕っても、いずれはわかってしまうものなんだから――。


「ねぇ、あなたは何しにここに来たの?」

「えーとね、うさぎが走っていくところを見かけたから、追いかけてきたんだけど、逃げられちゃって……。帰るにも道がわからなくなって、歩いていたらここに着いたんだ」


 曇りなく笑っているロンはわたしの後ろを指差して言った。


「アンジュはこの家にすんでるの?」

「そうよ」

「へぇ! すっごい大きい家だね! アンジュってお嬢様なの?」


 ロンは無邪気にはしゃいでいる。

 確かに以前住んでいた家はボロく、埃っぽかった。それと比べれば、こちらの方が数倍大きく、年季が入っているように見えるが綺麗に保たれている。


「お嬢様というわけではないけれど、目の治療と身体の療養も兼ねてここに越してきたの」

「ふぅん、そうなんだ。……あのさ、家に上がってもいいかな? こんなに大きい家見たことないんだ」


 ロンは顔の前で手を合わせている。

 家に入れていいのだろうか。

 わたしは辺りを見回した。

 そういえば、さっきから黒猫が見当たらない。いつもは呼んでもいないのに勝手に付いてくるくせに。まあ、そのうちひょっこり出てくるだろう。

 わたしはこちらの様子を伺っているロンに向き直り言った。


「いいよ、上がって」


 ロンは一瞬で顔を綻ばせ、やったー、と言って扉の前に駆け寄った。わたしはその後を追い、黒ずんだ取っ手を掴んで扉を開けた。ロンは家の中に入るなりきょろきょろと周りを見回している。

 広めの玄関の壁に掛けられている奇妙な絵。

 床に敷かれた紫色の絨毯。

 花瓶に生けられている白い花。

 どれもロンにとっては初めて見るものばかりらしく、歓喜の声を上げている。わたしは奥にある扉を開け、ロンを案内した。

 扉の向こうは長い廊下が続いている。右は大きな窓から太陽の光が射し込み、左には扉がいくつかあり、生けられている白い花が等間隔に置いてある。

 わたしとロンは一番手前にある部屋に入った。そこはわたしのお気に入りの書庫だ。ロンは壁一面にある本の数に驚いている。


「え、いっぱい本がある! すごい! こんなにたくさん見たことないよ」


 わたしは得意げな表情で言った。


「そうでしょ! ここはわたしのお気に入りの場所なの」

「アンジュは本が読めるの?」

「読めるよ」

「へぇ、すごいなぁ。僕は文字が読めないから、読んだことないよ」


 ロンは少し俯き気味になっている。


「……じゃあさ、わたしが教えてあげようか?」


 ――何を言ってるの。


「わたしがあなたに文字を教える代わりに……」


 ――やめてよ。


「わたしと……友達になってくれない?」


 違う。そんなこと望んでなんかない。だって、わたしの望みは――。


「ほんとに!? 教えてほしい! 友達にもなるよ!」


 ロンは嬉しさを顔いっぱいに表現したように笑っている。


「ありがとう。……でも、今度来た時でいいかな。ちょっと疲れちゃった……」


 わたしは本棚に手を付いて体調の悪そうなフリをした。ロンはそんなわたしを見て心配そうな顔をした。


「大丈夫? 早く休んだほうがいいよ。」

「うん、ありがとう。ロンも暗くなる前に早く帰ったほうがいいよ。家を出て真っ直ぐ進めば森から出られるから」

「うん、わかった。また明日くるよ! じゃあね」

「うん……」


 ロンは駆け足で部屋から出て行った。部屋の外から聞こえる足音が遠ざかると、背後から皮肉めいた口調で話す声が聞こえてきた。


「君、友達が欲しかったの?」


 振り返ると、憎たらしく笑う黒猫が行儀良く座っていた。

 友達――。

 なんであんなことを言ったのだろう。友達を欲しいと思ったことなんて一度もなかったのに。わたしはお母さんさえいてくれればそれでよかったはずなのに――。

 そうだよ。わたしはお母さんが大好きなんだ。

 美味しいシチューを作ってくれるお母さんが好き。

 優しく叱ってくれるお母さんが好き。

 わたしの全てを包み込むようなお母さんの温かさが好き。

 わたしはそんなお母さんが大好きだった。

 けれど、心のどこかでこう思っていたのだ。

 ――裏切られた。

 好きでいっぱいだったお母さんに裏切られた。たった一人の家族に裏切られた。

 魔女になったわたしは人間なんてもう信用しない。そう思っていたのだ。

 それでも、わたしはまだ、人間を信用しようとしている。あれが、あの出来事が嘘であって欲しいと、そう願ってしまっている。

 きっと人間に、あの少年に証明して欲しいのだ。

 わたしが信じていたものは決して偽りではなかったということを――。

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