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路地裏の魔女  作者: 蒼メ
20/25

20輪目 再会

 人間は 別れを 嫌う


 恐れを抱き 寂しさを感じ 再会を願う


 時の流れが そう させているのだ


 人間は それぞれ 時の感じ方が 違うもの


 早くもあり 遅くもある


 もし 全く同じ考え方を持ち 同じ志を持つ者二人が


 一度別れ 時を経て もう一度出会った時


 その両者は 同じ想いを 抱くのだろうか



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 剥がれ落ちた屋根。

 道端に転がる瓦礫。

 ゴミの山を荒らす毛の散らかった犬。

 見る限り貧相な格好した人間。

 ここは明らかにまともな生活を送っているようには見えない街だ。

 道を歩けば、端で横たわる人間が獲物を見るような目でわたしを見ている。恐らく金品を狙っているのだろう。直ぐにでも襲いかかってきそうな気配がする。

 その通りを過ぎ少し開けた広場に出ると、掲示板のようなものがあった。そこには、いわゆるお尋ね者の人相と名前が書かれていた。その中には、今のわたしの顔とフィユという名前が載っていた。半年以上経つ今も、わたしは魔女として疑われているようだ。


「もしかして、さっき睨まれていたのはこれのせい?」

「おい!」


 背後から聞こえた声と同時に肩に手を掛けられ、わたしの体はビクッと動いた。

 恐る恐る振り返ると、前に村に来た異端審問官と同じ服装で切れ長の目をした男が、わたしの顔をまじまじと眺めていた。すると、ぶつぶつと独り言のように呟き始めた。


「子どもで金髪、薄紫色の瞳に髪型は……結ってはいるが、ほぼ一致するな。こいつが逃亡中の魔女なんだよな……? 半年以上生存が確認出来ていなかったから、死んだと思ってたけど……。こんなところにいるとはな……」


 雰囲気は全く違うものの、この男はあの三人と同じく異端審問官のようだ。

 こんな貧しい街にもいるなんて。

 わたしはポケットの中のナイフを握った。男は未だに何かを呟いていたが、わたしは構わず男の手を掴み、取り出したナイフで手の甲に突き刺した。


「うぎゃぁぁああ!」


 男は声を上げ、その場にうずくまった。男の手からは血がドクドクと溢れ出ていて、身悶えている。

 わたしはその場から離れようと狭い路地に駆け込んだ。背後からは怒号が聞こえるが、わたしは振り返ることはせず走り続けた。右へ左へ止まることなく走り目の前の角を左に曲がろうとした瞬間、柔らかい何かにぶつかり、わたしは尻餅をついた。


「あらっ! ごめんなさい。あなた、大丈夫?」


 顔を上げると、腰くらいの長さもある黒髪を持つ女性が立っていた。先程道端にいた人間達とは、少し雰囲気が違い、服も小綺麗にしているようだ。

 わたしは女性が差し出す手をとり、立ち上がった。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう」


 女性はニコッと笑顔を見せ、わたしの全身を下からゆっくりと眺めた。


「な、なにか?」

「あなた、この街の子じゃないわよね? それにその顔……どこかで……」


 わたしは一歩後ずさった。

 まずい。早く逃げないと。

 踵を返し走り出そうとした時、複数人の叫び声がすぐそこまで近付いてきていた。


「どうやら訳ありのようね。ちょっとこちらへ……」

「ええっ! ちょっ……!」


 女性はわたしの手を掴み、走り出した。


「どこへ行くつもり?」

「すぐ着きますよ」

「だから、どこなのよ!」


 周りを見渡すと、道が綺麗に舗装されていて、損壊している家は見当たらなかった。この辺りは、広場周辺の建物とは随分と違っていた。すると、女性に手を引かれて走るわたしの鼻を甘い香りが刺激した。

 あれ、この香り。どこかで――。

 記憶の中を探っていると、女性が一つの家に駆け込んだ。女性はわたしをその家に入れた後、扉を閉めた。


「はぁ……はぁ……」


 女性は扉に寄りかかり、息を整えている。家の中を見渡すと、手入れの行き届いた台所に鍋が一つ置いてあり、部屋の中央には木のテーブルと椅子が二脚ある。二階に続く階段もあるようだ。

 すると、背後でパンッと手を叩く音が聞こえた。振り返ると、女性が両手を合わせ、笑顔を浮かべていた。


「さて、これでひとまず安心かしらね。はぁ、久しぶりに全力で走ったわ」

「あの、なんで見ず知らずのわたしを助けたの?」


 女性は笑顔のまま中腰になり、わたしの頭を撫でた。


「こんなに可愛い女の子が追われてたら、助けるのは当然でしょう? それに何か理由がありそうだしね」


 女性はわたしの横を通り、台所に立った。


「お腹は空いてない?」


 わたしは自分のお腹に手を当てた。

 そういえば、昨朝、持ってきた最後のパンを口にしてから、何も食べていなかった。


「そうね、頂こうかしら」

「ふふ。じゃあ用意するから、そこに掛けて」


 女性は台所にある鍋を温め始めた。

 わたしは椅子に座り、再び周りを見渡した後女性の後ろ姿を眺めた。

 他人に食事を与える余裕があるほど、裕福には見えない。かといって、生活が苦しいというわけでも無さそうだ。

 わたしは鍋をかき回す女性の背中に投げかけた。


「あの……」

「ねぇ! あなた、名前はなんて言うの?」


 女性はこちらを見ずにわたしの言葉を遮った。


「わたしは……」


 一瞬、掲示板のことが頭をよぎった。

 この人、わたしのことを知っているはず。さっき会った時の反応からして、掲示板か何かでわたしの顔を見たのだろう。まだ、はっきりとは思い出せてはいないようだけど。


「わたしは、アンジュよ」

「アンジュ?」


 女性は手を止めて、わたしに近付いてきた。暫くわたしの顔をじっと見てから、ぷっと小さく吹き出した。


「そうか、アンジュかぁ。いい名前じゃない!」

「……? あ、ありがとう……」

「お母さんが付けてくれたの?」

「多分、そうだと思う」

「多分? それって……」


 女性が言いかけた瞬間、鍋がボコボコと大きな音を立てるのが聞こえてきた。


「ああああ!」


 悲鳴を上げる女性は急いで台所に戻って火を止めた。女性は鍋を慎重にかき混ぜ、中を確認している。


「よかったぁ。焦げてなくて」


 女性は安堵の声を上げながら、温めたものを器に移し、テーブルに置いた。


「さ、召し上がれ!」


 目の前に置かれたスープは、白い湯気と魚介の香りを漂わせている。その中に気になる香りが混じっていることに気が付いた。

 あれ、この香り。もしかして――。


「あの、スプーンは?」

「あ! ごめんね! すっかり忘れてた!」


 女性は慌てて台所で探し始めた。わたしは女性がこちらを見ていない隙にポケットから銀色のナイフを取り出し、その刃先をスープに浸した。すると、ナイフの浸した部分がみるみるうちに黒ずんだ。

 やっぱり、これって――。


「あーあ、なんてことするのよ。せっかくのスープが台無しじゃない!」


 わたしはスープから目の前に立つ女性に視線を移すと、女性は蔑んだような目でわたしを見ていた。その手には触れただけで切れてしまいそうな鋭い包丁が握りしめられている。女性は半分笑ったような顔をして言った。


「あなた、もしかして本当に魔女なのかしら?」

「……魔女? どうしてわたしが?」

「だって、あなた。掲示板に貼られていたフィユって女の子と瓜二つじゃない! 名前はともかく、同一人物なんじゃないの?」


 わたしは立ち上がり、一歩下がった。

 やっぱりこの人、わたしのことを知っててここまで連れてきたんだ。


「……他人の空似でしょ」

「まあ、それでも構わないわ。あなたが本当に魔女であろうとなかろうと、私には関係ないもの」


 女性は手に持った包丁の刃先をわたしに向けた。


「ねぇ、どうしてそのスープに毒が入っているって分かったの?」

「別に分かっていたわけじゃないわ。ただ、魚介の香りに混ざって、嗅いだことのある香りがしたのよ」

「へぇ、どこでそれを嗅いだの?」

「……さあ? 忘れたわ、そんなこと」


 女性は小さくぷっと吹き出してから、高笑いした。


「あっははは! やっぱりあなた、魔女なんじゃない! しらばっくれちゃって!」

「……?」

「分からないの? だって、その毒の原料である花は、そこら辺に咲いているはずがないもの。その花は魔女と悪魔しか知り得ない方法で栽培しているんだから」


 女性はゆっくりと玄関の方に歩き出した。


「私ね、昔、あなたよりも少し小さい子どもがいたの。赤ん坊の頃から笑顔が可愛い子でね。甘えん坊で、我儘一つ言わなくて……良い子だったわ……」

「だった……?」

「……私の子どもはね、あなたと同じ、魔女になったの」


 女性は玄関の前で立ち止まり、包丁を持つ手の肘を掴んだ。表情は少し陰ったように見える。


「今はどこにいるか分からないし。生きているかも分からない……。悪魔に聞いたところで、悪魔にとっては教える義理もないしね……」

「ふぅん。わたし、そんな与太話聞いている暇ないんだけど」

「まったく、せっかちな子ね」

「それで? あなたはこれからわたしをどうしたいのかしら?」

「決まっているでしょう?」


 わたしは持っている銀色のナイフをぎゅっと握り締めた。女性はスッとわたしを真っ直ぐに見据えて言った。


「あなたの魂をわたしの願いのために捧げてもらうわ」

「……あなたは、何のために魔女をやっているの?」

「……私のため、あの子のため。あの子には、まだ私が必要なはずだから……」


 女性の表情はいっそう暗くなった。


「……だって、あの子は……目が見えないから……」

「え……?」


 持っているナイフが手の中からスルリと抜け、音を立てて床に落ちた。

 この人は、何を言ってるの? 魔女になった? 目が見えない子ども? まさか。まさか――。

 わたしは力の緩んだ手に、もう一度力を込めた。同時に、その手は震え始め、爪が掌に食い込み、痛みが走る。


「……ねぇ、その子どもの名前は……?」


 女性は少し笑みを浮かべた。その笑顔には力が無く、どこか不気味に感じられた。


「アンジュ……」


 ――ドクンッ。

 鼓動が大きく打ちつけ、胸の奥がズキズキと痛む。拳を開くと、そこから血が滲み出ていた。

 わたしと――同じ?


「偶然にもあなたが名乗った名前と同じね。本当はフィユ、だったかしら?」


 そんな、まさか――。


「ねぇ……」


 まさか、あなたが――?


「あなた、名前はなんて言うの?」


 女性はポカンとした表情をした後、薄っすらと笑った。


「私の名前は、メル。言ってなかったかしら?」


 足が震えた。

 鼓動が早くなる。

 目の奥がじりじりする。

 生きてたんだ! こんな顔をしていたんだ! 気付かなかったけれど、忘れていたけれど、懐かしいあの甘い香り。優しく引いてくれた手の温もり。身体を包み込むような声。この人は、間違いなく――。


「お母さん……!」

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