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路地裏の魔女  作者: 蒼メ
2/25

2輪目 契約

 何も 見えない


 鳥も 空も 色も あなたも


 わたしは 何一つ 見たことがない


 わたしの目には 光さえも 届かない


 あなたの目には 何が 映っているの?


 目の腫れた わたしの顔は 醜かった?


 目の見えない わたしは 迷惑だった?


 ねぇ 教えてよ


 あなたにとって わたしは なに?



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 模様の入った天井。

 真新しく綺麗なドレッサー。

 カチカチと一定のリズムで刻む時計。

 外から光を射し込む窓。

 ベッドの上で目が覚めたわたしは、体を起こし、部屋の中を眺めていた。

 どういうこと――?

 何が起きたの――?

 見える――。

 なぜわたしは見えているの?

 見えないはずでしょ?

 だって、お医者さんは治らないって言ってたもの。

 一度も目が見えたことがないんだもの。

 わたしの頭は激しい熱を帯びていて、体は枷が付けられているように重い。


「やあ」


 聞き覚えのある声が前方から発せられた。そこには、四本足で佇むものがあった。

 これが――黒猫。

 初めて目にする猫という生き物にわたしは感動を覚えると共に、今までのことはやはり夢ではなかったのだと痛感させられた。


「目が覚めたんだね、気分はどう?」


 わたしは黒猫の言葉に応答する余裕は無く、言葉を紡ぐ力もなかった。

 その様子を察したのか分かっていたのか、わたしの応答を待たずに黒猫が口を開いた。


「ずいぶんと気分が悪そうだね。そこにある薬を飲むといいよ。少しは楽になるから」


 黒猫の視線の先を見ると、わたしが寝ているベッドの横にあるテーブルの上に、透明の液体が入ったものと何かが包まれたものがたくさん置かれていた。しかし、わたしはそれを見ても薬だとは思えなかった。

 何故なら普段から薬は飲んではいたが、一度も薬を見たことがなかったからだ。

 わたしはそれに恐る恐る手を伸ばし、包みを開けると、粉末が入っていた。それを口に含むと、薬独特の苦味を感じ、すぐに薬だと分かった。

 わたしはそれをコップに入った水で流し込んだ。

 しばらくすると、薬の効果はすぐに表れ、熱が引き、体も軽くなった気がする。


「少しは落ち着いたかい?」


 黒猫は心配するような素振りを見せず、単調に言った。

 わたしは黒猫に向き直ると、黒猫と目が合い、わたしの心を読んだかのように黒猫が先に口を開いた。


「なぜ見えるのか知りたいんだろう?」


 わたしは黒猫から視線を外さずに見続け、次の言葉を待った。黒猫はわたしの様子を確認してから続けて言った。


「アンジュ、君とぼくは契約したんだ。とってもとっても大事な契約をね」

「契約?」


 わたしは黒猫と契約したことなんて全く身に覚えがなかった。最後に覚えているのは、何かに飲み込まれたような感覚だけだ。もしかして、それが契約というものだったのだろうか。


「契約は君の願いとぼくの力で成り立っているんだ。君の願いは目が見えるようになること」

「目が見えるようになること……。あれ、わたし、あなたに言ったっけ?」


 黒猫は首を横に振った。


「いいや。ぼくは君の本心から読み取っただけだよ。でもね、君の目はまだ治ってはいないんだ」

「どういうこと? 今見えているこの風景は目が見えてるってことではないの?」

「今、君が見ているものは、君自身の目で見ているわけじゃないんだ」


 わたしは黒猫の言っている意味が全く分からなかった。

 だって、実際にわたしは黒猫が見えているし、目を見ながら話だって出来ているのだから。


「嘘なんかじゃないよ。本当に君自身が見ている風景ではないんだよ」


 黒猫がわたしの頭の中を読んだかのように言葉を発した。

 黒猫は部屋の隅にあるドレッサーの方に歩き、わたしをそこに座るように目で合図した。

 わたしはベッドから立ち上がり、見えるという感覚に戸惑いながらも、ゆっくりとドレッサーに歩み寄った。椅子に座り、目の前にある鏡に顔を向けた。

 そして、わたしは驚愕した。

 初めて見る鏡に驚いたというのもあったが、それ以上にわたしは両目に包帯を巻いていたのだ。目が見えていたとしても包帯で見えないはずなのに、どうやってわたしはわたしを見ているのだろう。

 狼狽しているわたしに黒猫は落ち着いた様子で言った。


「言った通りだろう? 君は自分自身の目で見ているわけじゃない。じゃあ、どうして包帯をしているのに見えているのか……。それは君ではない何かが見ている風景を君の意識の中に直接映し出しているからだよ」


 わたしは黒猫の言っている意味がまるで分からなかった。確かにわたしは両目に包帯を巻いているし、両目を閉じているから自分の目で見ていないことはわかった。では一体、今見えているこの風景は何なのだろう。

 黒猫は憎たらしい笑みを浮かべながら言った。


「その何かとは、君の肩に乗っているそれのことだよ」


 黒猫の言葉を聞いた瞬間、先程までなかったはずの重さを右肩に感じるようになった。

 どうやら、何かが乗っているようだ。

 わたしは鏡越しに自分の右肩に視線を移した。すると、そこには何とも奇妙な姿をした生き物がいた。わたしは初めて見る生き物に釘付けになった。


「これはなに……?」

「それは、カエルだよ」

「カエル……」


 わたしは初めて耳にするその生き物の名前をとても愛くるしいと感じた。


「このカエルの色は何色って言うの?」

「緑色だよ」

「緑……綺麗な色……」


 そのカエルのもつ緑色はとても鮮やかで目も覚めるようなものだった。そして、それはわたしの心を惹き付けるのには充分過ぎる程であった。


『ありがとう』

「え……?」


 どこからか声が聞こえてきた。いや、聞こえたというよりも頭の中に流れ込んできたといったほうが正しいだろう。


『綺麗な色って言ってくれた人は君が初めてだよ』


 どうやら、このカエルが話しているらしい。わたしは黒猫と話していたせいかカエルと話せることができても、あまり驚かなくなっていた。


「あなたも悪魔なの?」

『いいや、おいらは使い魔さ』

「使い魔? 悪魔とは違うの?」

『使い魔は魔女に仕えているんだ。おいらの役目は魔女である君の目になることさ』

「魔女……?」


 わたしは黒猫に視線を移した。


「あれ、言ってなかったっけ? 君は悪魔であるぼくと契約したことで魔女になったんだよ」

「魔女になるなんて聞いてないわ。そもそも魔女ってなんなの?」

「魔女っていうのは、超自然的な力、つまりは魔力。それを使える存在だよ」


 魔力――。

 どういうものかは分からず、初めて聞く言葉ではあったが不思議と嫌な感じはしなかった。


「ぼくは君の願いを叶えるために君にその力を与えた。でも、すぐには君の願いを叶えることは出来ない。ぼくにあるものをくれればいい」

「あるものって?」

「それは……人の魂さ」

「魂……家族?」

「そう。それをぼくに食べさせてくれれば、君の願いを叶える方法を教えるよ」

「食べさせるって、どうしたらいいの?」

「簡単なことじゃないか。魔力を使えばいい。そのために君に与えたんだから」


 わたしは自分の手の平を眺めた。

 魔力って見えるものなのかな。どうやって魔力を使えばいいんだろう。

 そして、ふと疑問に思ったことを黒猫にぶつけた。


「魂って、みんな持っているの?」

「もちろん、持っているよ」

「わたしも?」


 黒猫はわたしの顔をじっと見つめ、こくりと頷いた。


「でも、君の魂は貰えないな」

「どうして?」

「そんなことしたら、君の願いが叶えられなくなっちゃうからさ」

「ふぅん、そうなんだ。それでどんなものなの、魂って?」

「君には見えないよ。悪魔にしか見ることが出来ないものだからね。君は気にしなくて平気さ」


 黒猫はドレッサーの台の上に飛び乗り、鏡で自分の姿を眺め始めた。


「それはどれくらい必要なの?」

「とにかくたくさんさ」

「ふぅん。要するに、魔女の力を使って人の魂を黒猫に食べさせれば、わたしの願いが叶うということね」

「そういうこと」


 黒猫はこちらを振り返り、不敵な笑みを浮かべている。

 見透かされているようで、どうにも気に入らない猫だ。

 わたしは黒猫から視線を外し、窓の方に向かった。

 窓から覗いて見える景色には、カエルの色とはまた違う緑色が広がっていた。わたしは視線を外に向けたまま、黒猫に聞いた。


「あれは何?」


 黒猫はわたしの問いかけに反応して、窓のへりに飛び乗ってきた。


「あれは、森だよ。この家の周りを囲んでいるんだ」

「へぇ、素敵な色……」


 わたしにとって目に映るあらゆるものは、とても眩しく、頭の中を電気が走るように刺激した。

 そして、わたしが目が見えることで一番驚いたことは――色だ。

 前は物や人に対して、温かさや冷たさなどを感じるくらいだったが、こんなにも色とりどりのもので溢れているなんて想像もしていなかった。

 わたしは外の景色に魅入っていると、徐々に景色がぼやけていることに気が付いた。

 なんだか――眠いな。

 黒猫はわたしの心の中を読んだように声をかけてきた。


「さっき飲んだ薬の作用で、眠くなったんだね。少し休むといいよ」


 わたしは黒猫の言葉に従うようにして、ベッドに横になった。

 カエルは鏡越しにおやすみ、と言ってぴょんぴょんと跳ねている。わたしはカエルに微笑んでから眠りに就こうとすると、見えていた風景が途切れ、意識が遠のいていった――。

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