16輪目 藹藹
わたしにも 家族がいた
確かに そこに あったんだ
もう昔のこと過ぎて 忘れてしまいそうになるけれど
たった一人の 家族がいたんだ
わたしは 知らない
血の繋がりを持たない 家族がいることを
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
落ち着かない。落ち着くわけがない。こんな風に大勢で食事をするなんて。しかも、家族と称するこの集団に囲まれて。
「アンジュ! おいしい?」
くまのぬいぐるみを肌身離さず持っている幼い少女が隣の席から覗き込むようにして話しかけてきた。それを見た修道女は身を乗り出すようにして言った。
「こら、×××さん! 食べるときはぬいぐるみを置いてっていつも言っているでしょ?」
「だめだよ! くまさんもお腹ぺこぺこだもん。一緒に食べないとかわいそうだよ」
「ですが、行儀が悪いですし、くまさんも汚れてしまいますよ」
「いいもん! あとで一緒にお風呂入るから!」
「そういうわけでは……」
修道女は困ったといった様子で頭を抱えた。幼い少女はわたしにくるりと顔を向けた。
「ねぇ、おいしい?」
しつこいわね。なんなんの、こいつは。自分勝手で、言うこともろくに聞かずに、こんなに食べ散らかして。まるで獣のように頭の悪い人間ね。
幼い少女はわたしの返事を待っているのか、目を逸らそうとはしない。
仕方ない。
「まあまあじゃないかしら……」
本音だった。修道女が言った通りご馳走ではないし、かと言って酷く不味いというわけでもない。
具の少ない粥。
なんだか懐かしい、そんな気がした。
「そっかぁ」
幼い少女はそれ以上何も言わなかった。
食べ終わると、食器は各々が台所に運び、子供たちの中で年長である黒髪の少年と長い髪を後ろで一つに結っている少女が洗うことになっているらしい。
食器をその少女に渡すと、にこっと笑った。
「美味しかった?」
わたしよりも少し背の高いその少女から発せられた言葉は、出会ったばかりの者に掛けるものではなく、ずっと前から一緒に過ごしていたかのようなごく自然なものだった。
「まあまあ、かな」
「そりゃあよかった」
少女は再び洗い始めた。すると、スカートの裾が引っ張られ、わたしは振り返った。そこには、ぬいぐるみを持つ幼い少女がいて、何かを求めるような目をしていた。
「……何?」
「一緒にあそぼ?」
幼い少女はわたしのスカートをグイグイと引っ張ってくる。
鬱陶しい。
「嫌。他の子と遊びなさい」
わたしはスカートを掴む小さな手を払い、ダイニングルームを出た。
「はぁ……」
これから、どうしようかしら。行くところもないし、暫くはここに居てもいい気はするけど。
色々と考えた結果、とりあえずこの教会内を見て回ることにした。
教会の裏手には中庭があり、意外とこの建物は広かった。建物内にはいくつか寝部屋があり、各部屋に二段ベッドが二つずつ置いてあった。
わたしは中庭横の通路で立ち止まり、先程から後ろを付いて来る者に声を上げた。
「……なんで付いてくるのよ?」
振り返ったわたしの視線の先には、柱の陰に隠れる幼い少女がいた。そこから出てくると、わたしに歩み寄り、わたしのスカートの裾を掴んだ。
「ねぇ、あそぼ?」
幼い少女はわたしに視線を送っている。
「だから! 遊ばな……」
「やっと見つけた!」
わたしの声を遮った声の主は、長い髪の少女だった。息を荒げ、結った髪を左右に揺らしながら近付いてくる。
「探したよ! 昼食の後、孤児院の中案内しようと思ってたけど、もう回っちゃったよね?」
「……まあ」
「そっかぁ。じゃあ、町を案内するよ」
「いや、わたしは……」
「だめぇ! アンジュは×××と遊ぶの!」
幼い少女は駄々をこねるように叫んだ。長い髪の少女は床に膝を付き、幼い少女と目線を合わせた。
「でも、アンジュはここに来たばかりだからこの町のことを知っておいた方がいいと思うの。だから、今日は我慢して?」
「いーやーだー! アンジュと遊びたいー!」
幼い少女はわたしの脚にしがみ付いた。
本当に鬱陶しい子供だな。
長い髪の少女は困り顔で少し考える素振りを見せた後、何かを思い付いたようだ。
「じゃあ、三人で町にお出掛けしようか! それならいいでしょ?」
「うん! アンジュと一緒ー!」
幼い少女は嬉しそうにわたしに身を寄せている。その様子をを眺めていた長い髪の少女は、クスリと笑った。
「随分と気に入られたのね!」
「わたしは嬉しくないわ……」
わたしはあからさまにうんざりとした表情をして見せた。長い髪の少女はそれを見ても、笑顔を絶やさなかった。
「ねぇ、ちょっとこっちにきて」
長い髪の少女はすぐそこにある部屋の前で手招きをした。わたしは体を密着させてくる幼い少女を引きずるようにして、長い髪の少女が招く部屋へと入った。
その部屋には、机と二段ベッドがあり、下の段のベッドにはぬいぐるみがニ、三個置いてある。
長い髪の少女は自分とそばにいる幼い少女を指差して言った。
「ここはあたしと×××の部屋なの」
幼い少女はベッドの上のぬいぐるみに飛び付いた。
「これは×××のお友達ー!」
それを微笑ましそうに眺めていた長い髪の少女は机の椅子を引いた。
「さあ、アンジュ。ここに座って」
長い髪の少女が示した椅子に、わたしは戸惑いながらも座った。長い髪の少女は机の引き出しから取り出した櫛でわたしの髪を梳かし始めた。
「女の子なんだから髪は大事にしないとね」
長い髪の少女は丁寧にわたしの髪を梳かしてくれている。
そういえば、あの家を出てから身なりなんて気にして無かったわね。この町へ来るまで、ろくなものを食べていなかったせいか少しだけ頰がほっそりとした気がする。
目の前の鏡に映るわたしは、締まりのない表情をしている。
なんだか気持ちいい。こんな風に髪を触れられたのはお母さん以来かしら。
鏡の中のわたしの髪は見る見るうちに少女の手によって形を変えた。
「出来上がり!」
長い髪の少女は後ろからわたしの両肩に手を置いて、顔を近付けた。
「可愛くなったでしょ?」
「……うーん」
「ほら!」
長い髪の少女は後ろを向いて、自分の髪を指差した。
「あたしとお揃いだよ!」
「あ、同じ、なのね……」
「それと、アンジュの髪を結うのに使った、この青いリボン。アンジュのスカートと同じ色で金色の髪に映えそうだから使ってみました!」
わたしは鏡に映る自分の髪を眺めた。
「悪くは……ない、かも……」
「あ、笑った!」
声が聞こえたほうに目をやると、大事そうにぬいぐるみを抱える幼い少女が笑みをこぼしていた。その声に反応して長い髪の少女も声を上げた。
「本当だ! やっと笑ってくれたね」
「アンジュ、一度も笑ってくれないんだもん」
わたしは鏡越しに頰に触れている自分を眺めた。
自分が笑っていることに気が付かなかったなんて。あれ、確か前にもこんなことがあったような。
長い髪の少女はわたしの手を掴んだ。
「よし。行こっ!」
長い髪の少女に手を引かれ、もう片方の手は嬉しそうに笑う幼い少女の小さな手によって握られている。
なんだか、変な気分だわ――。




