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路地裏の魔女  作者: 蒼メ
15/25

15輪目 教会

 あなたと過ごした 時間よりも


 遥かに 長く


 一人で生きた わたし


 今更 繋がりなんて必要ない


 それは わたしにとって


 罰にしかならないから



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 透き通った水の流れる小川に掛かる橋を渡ると、長閑のどかという言葉がぴったりで、石畳が特徴的な町に辿り着いた。あの村の陰気な雰囲気とは違い、町の人々の様子が明るく見える。

 籠を手に下げ、買い物に向かう女性。

 孫と思われる子供と日向ぼっこしている老人。

 荷車から降ろした荷物を店に運び入れる男性。

 こんなに人間が集まっているところを見るのは初めてだ。今までは願いのために人間を殺してきたが、今のわたしにはもうそれをする必要が無くなった。だって、この体を手に入れたから。わたしは自由になったから。どんなに美しい風景もこの醜く猥雑な世界の残酷さもわたしには見ることが出来るのだ。そして、これからはわたしもこの世界で生きていかなければならない。あの赤い屋根の下の魔力でひん曲がった世界から哀れな人間の住まう世界で。

 わたしは町の中心部にあたる噴水の縁に腰掛けた。


「さて、これからどうしようかな……」


 居場所を欲しているわけではない。独りが寂しいとも思っていない。ただ、自由になったはなったで、これから何をしたらいいのか分からないのだ。

 町を見渡すと、どの人間も笑顔を向けている。

 きっとこの町は豊かで貧困に苦しむ人などいないのだろう。飢えることは無く、満足のいく食事が当たり前のようにあるのだ。それは生物的には幸せなことで、生きるのに必要なことだ。そんな幸せに満ちたこの町はわたしには眩しすぎる。

 ふいに三人の子供が建物と建物の間に消えていくところをわたしは無意識のうちに目で追っていた。


「そういえば……」


 さっきも何人か子供があそこに入っていくところを見た。あの先に何かあるのだろうか。

 わたしはぶらつかせていた足を地に降ろし、歩み寄った。そこは、子供一人がぎりぎり通れるくらいの幅の通路があった。

 ここを通ったのよね。

 わたしは体を横に向け、狭い通路を進んだ。小さな子供しか通らないせいか、わたしの目線の高さにはいくつか蜘蛛の巣が張っている。わたしはそれを潜るようにして避け、通路の先を急いだ。抜けた先には、先程と同じようなごく普通の通りがそこにあった。変わったものと言えば、屋根に十字架を立てた建物が目の前に建っていることくらいだろうか。


「教会……かな」


 本で似たような建物を見たことがある。それはこの建物と同じように十字架を掲げていた。

 神がどうとかって話だったけど、わたしには理解出来なかった。神なんているはずがない。姿形も分からないものを信じるなんて馬鹿げている。もしいるなら、わたしが障害を持つことなんて無かったはずだ。神を信じて加護があるなら、わたしはもっと幸せだったはずだ。手を差し伸べてくれる神なんて存在しない。そんなものは空想の話でしかない。わたしは自分の目で見えるものしか信じない。しかし、現実は別の存在を肯定した。それは、わたしに手を伸ばした――悪魔だ。

 神の存在を否定するわたしは悪魔がどんなものかを知っている。悪魔がどんな風に人の魂を喰らうのかを知っている。悪魔はわたしに力をくれた。その力でわたしは願いを叶えることが出来たし、悪魔も魂を喰らうことができた。お互い自分の利益のために契約を結んだんだ。おかしいことなんて一つも無い。生きる為に必要なことだったんだ。信仰心だけでどうにかなるものではない。神なんかより悪魔の方がよっぽど信じる価値がある。

 わたしの頭の中には、あの黒猫の姿が思い浮かんでいた。

 信用できるかどうかは、また別の話だが――。


「あのぉ……」


 声がしたほうに顔を向けると、黒い修道服に十字架のネックレスを首から提げた女が立っていた。おそらく修道女というやつだろう。修道女はわたしに目線を合わせるように腰を落として言った。


「この辺では見かけない顔ですけど、迷子ですか?」

「……」

「えーと、あなた、一人ですか? お父さんとお母さんはいますか?」


 わたしは首を横に振った。


「そうですか……。帰る家はちゃんとありますか?」


 帰る家――。そんなもの、この体にはもう無い。家族の半分をわたしが殺し、今では追われる身だ。わたしの居場所なんてものは、この世界のどこにも存在しないのかもしれない。


「家は……」


 ぐぅー。

 わたしのお腹が胃の中が空だと告げるように食事の催促をしてきた。

 そういえば、あの日から何も口にしていない。人間の体はすぐにお腹が減るんだったわね。なんだか懐かしい気がする。


「ふふふ。お腹が空いてるんですね。ちょうど今からお昼を食べるところなので、良かったら食べていきませんか?」


 わたしは目一杯の作り笑顔でスカートの裾を持ち上げ、一礼をした。


「ご馳走して下さるということなら、ぜひ!」


 修道女はきょとんとした顔を浮かべた後、何かおかしかったのかクスクスと笑った。


「ご馳走なんていう立派なものなんて出せないですけどね。あ、私の名前は×××と言います。あなたは?」

「……アンジュよ」

「アンジュさんですか。とっても素敵な名前ですね! アンジュさん、こっちに来てください」


 修道女はわたしの手を取って、教会の裏手に回った。そこには教会と隣接している白い建物があり、中からは随分と騒がしい声が聞こえてくる。


「ここです。さあ、入ってください!」


 扉を通ると、十人程の子供がテーブルの上に食器を並べたり、料理をよそったりと食事の準備をしていた。何人かの子供たちがこちらに気付き声を上げると、他の子供たちも同様に叫んだ。


「あっ! ×××、おかえり!」

「おかえりー!」

「×××! 準備出来てるよぉ!」

「×××、その子だあれ?」


 くまのぬいぐるみを抱えた幼い少女は興味津々な眼差しでわたしを見ている。修道女はわたしの両肩に手を置いて言った。


「みんな、ちょっと聞いてください! 今日はみんなの新しい家族を紹介します!」

「え、どういうこと? ご馳走してくれるだけの話だったはずじゃ……」


 わたしは修道女に顔を向け小声で言うと、修道女はいたずらっ子のような笑顔で言った。


「だって、行くあてが無いんですよね? 違いました?」

「……まあ、そうだけど」

「なら一緒に暮らしましょう!」

「なんでそうなるのよ?」

「……実はここ、孤児院なんです。この町には様々な理由で人が集まります。商人はものを売りに来ますし、それ目当てに遠くから来る買い手もいます。仕事探しに来る人も少なくありません。みんなが平和に暮らし、活気に溢れているところがあれば、薄暗い路地で人知れず亡くなる方もいます。子供も例外ではありません。親のいない子供は路頭に迷い、生きていく術を持ってはいません。そんな子供たちを私たちは保護しているのです」

「そういうことです、お嬢さん」


 わたしは前に向き直ると、全身を黒で覆い、弱々しい白髪の老人が子供たちの背後に立っていた。修道女はわたしよりも一歩前に出て言った。


「牧師様! この子、身寄りが無いようなのですが……」

「構いませんよ」


 牧師は事情も聴かずにわたしを受け入れた。

 一体何を考えているのだろう。


「ありがとうございます! さあ、アンジュさん! みんなに自己紹介してください」


 修道女の目は優しさに満ちていた。目の前にいる子供たちもわたしの言葉を待っているのか期待に満ちた目をしている。


「……わたしはアンジュ。昼食をご馳走になるだけのつもりなので、すぐに出て行き……」

「えぇ? そんなこと言わないでよぉ」


 ぬいぐるみを抱えた少女がわたしのスカートの裾を掴み、悲しそうな顔でわたしを見上げた。


「アンジュはもう家族なんだよ?」

「……家族?」

「うん。家族だよ。お姉ちゃんも牧師様もここにいるみんなも……それから、アンジュも。みんな、みーんな家族なんだよ?」

「くだらない……。家族なんて、口でどうこう言ってなるものじゃないでしょ!」

「そんなことないもん! みんな家族だもん……」


 目の前にいる少女の目には、零れ落ちてしまいそうな涙で一杯になっていた。

 なんて弱い生き物なんだ。少し語尾を強めただけで、こんなにも脆く、砕け散りそうになっている。

 修道女は少女の頭をゆっくりと撫でた。


「はい。私たちは家族ですよ。一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、一緒に遊んで。傷付いたこともありましたし、助け合うことは普通のことです。私たちは紛れもなく、家族です」


 撫でていた手を止めた修道女は、わたしを真っ直ぐに見てきた。


「そして、今日からあなたも私たちの家族なんですよ。アンジュさん」


 少女はわたしに手を差し出してきた。それを見た修道女はわたしに微笑みながら言った。


「アンジュさん、仲直りの握手ですよ」


 何を言ってるの。元々、仲なんて無かったじゃない。わたしに繋がりを求めないでよ。関わろうとしないでよ。壊れる苦しさを知らないくせに。現実を受け入れる勇気も無いくせに。あなたたちはお互いの傷を舐め合っている弱者に過ぎない。前に進むことを諦めた人間ほど、容易く崩れるものはない。

 修道女はわたしの手を掴み、少女と握手させた。

 少女の手は小さく、強く握れば指が折れてしまいそうなほどか弱いものだった。わたしと握手した少女は先程までの悲しそうな表情ではなく、喜びを顔一杯に表したようであった。

 嫌いだ。人間なんて。

 繋がりを求めるあなたたちは、繋がりを持つことの残酷さを知らないんだ。笑い、触れ合い、愛し、憎み、苛まられ、悪意を向ける。繋がりは永遠じゃない。それは、蝋燭の火のように頼りなく、いずれ消えてしまうものなのだから――。

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