11輪目 転機
ゆっくりと扉を開く音がした。
「どちら様だい?」
お婆ちゃんが扉を開けたようだ。自室を出ると、お婆ちゃんの背中が見え、その向こうには他所者だとすぐに分かる服装をしている男が三人いて、お婆ちゃんと何か話しているようだ。そして、男の一人がわたしに気が付いた。
「いたぞ!」
一人の男の声に反応して、他の男達もわたしを視界に捉えた。すると、お婆ちゃんが取り乱したようにこちらを振り返り、叫んだ。
「フィユ、出てきてはだめ!」
「えっ?」
「取り押さえろ!」
顎髭を生やした男の号令によって、帽子を深く被った男と背の高い男がわたしに近づいてきた。お婆ちゃんは背の高い男を後ろから抱き付くようにして捕まえた。
「な、なにをするんだ!」
「フィユ! 逃げてっ!」
「え、えっ?」
帽子を深く被った男がわたしの片腕を掴んだ。その瞬間、全身の毛が逆立つような感覚がし、拒絶の意思が芽生えた。
「や、やめて! 離してっ!」
「おとなしくしろ!」
男は後ろからわたしの片腕を掴み、もう一方の手で首を押さえた。
「痛っ!」
「やめてっ! フィユを離して!」
前を見ると、背の高い男がお婆ちゃんを床に押さえつけていた。そこに、顎髭の男がお婆ちゃんに近づいて言った。
「先程も説明しましたよね? 私達は魔女であるお孫さんを連行しに来た、と」
「だから! フィユは魔女なんかじゃありません! お引き取りください」
「お婆さん。あなたも知っているはずだ。このちっぽけな村にも風の噂くらいには届いているのではないか? ……魔女狩り。魔女は不思議な力を持ち、私達人間に害を及ぼす。人間だけじゃない。その家畜もだ。魔女は人間が生きていく中で不必要な存在。害虫と同じだ! だから、私達は害虫を駆除する。それが、魔女狩りだ!」
顎髭の男は睨むようにわたしの顔を見た。
「そして、魔女と思わしき人物がたとえ子供だとしても例外ではない」
魔女?
わたしが?
一体どうなっているの。
「その子は魔女ではないわ!」
普段おっとりしている姿からは想像もできないほどお婆ちゃんは大きな声を発している。
顎髭の男は頭を手で押さえた。
「はぁ……。先日、この村に子供の姿に化けた魔女がいる、と村の住人達からの告発がありました」
「そんな……」
「疑いのある者はどんな理由であれ、裁きを受けなければなりません」
「裁きって要は……」
「はい。死、です」
この人たちは何を言っているの。わたしは魔女で、魔女は裁かれる。つまり、わたしは殺されるってこと? こんな、突然来た人たちに殺されるなんて。嫌。そんなの絶対に嫌! 早く逃げないと!
「フィユ! 逃げてっ!」
お婆ちゃん――。
やめてよ。お婆ちゃん、痛そうじゃない。その手を、その汚らしい手を離しなさいよ。わたしの大好きな、世界でたった一人の家族を――。
「離してよっ!」
わたしはわたしの首を押さえている男の腕を思い切り噛んだ。
「いっがぁぁ! ま、待て!」
男から解放されたわたしは、お婆ちゃんを押さえつけている背の高い男に全力で体当たりした。不意を突かれた男はよろめき後ろに倒れ、棚に頭を打ち、蹲った。わたしはすぐさまお婆ちゃんに駆け寄った。
「お婆ちゃん! 大丈夫?」
「フ、フィユ。お婆ちゃんのことはいいから、早く逃げなさい」
「だったら、お婆ちゃんも一緒に……」
「おい。いい加減にしろ」
顔を上げると、そこには怒りがこみ上げている顎髭の男の姿があった。男はわたしを拳で殴り飛ばした。倒れているわたしの許へ近づこうとする男の脚をお婆ちゃんが押さえた。
「貴様っ!」
「フィユ! 今のうちに!」
「離せ! この老いぼれ!」
男はお婆ちゃんを何度も何度も足蹴にしている。
やめて。
その足をどけて。
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
お婆ちゃんに触れるな。
許さない。
わたしは台所にある包丁を手に取った。
殺してやる――。
わたしは足蹴にしている顎髭の男に向かって走り、その腹部に包丁を突き刺した。
「がああぁぁ!」
男はその場に倒れこみ、刺された部分を手で押さえている。
「×××!」
帽子を深く被った男は顎髭の男と思われる名前を叫んだ。その男はまだ痛みがあるのかわたしが噛んだ手を押さえている。
「お婆ちゃん! 大丈夫?」
お婆ちゃんの顔は所々から血が流れ出ている。
「お婆ちゃんは……大丈夫さ。それよりも……」
「動くな!」
声の主のほうに目をやると、帽子を深く被った男が銃をこちらに向けている。
「手こずらせやがって! 街に連行して裁判にかける予定だったがやめだ。ここで始末する」
お婆ちゃんは体を起こし、囁いた。
「いいかい、フィユ。お婆ちゃんに何があっても、あんただけは逃げるんだよ」
「え、お婆ちゃん何を……」
「おい、動くなと言っただろ! こそこそ何をやっている!?」
お婆ちゃんはわたしの頭にそっと手を置いて言った。
「いい子に育ってくれてありがとうね」
そして、お婆ちゃんは男に向かって駆け出した。
「おおおぉぉ!」
「な!? 動くなと言っただろう!」
次の瞬間、空気を切り裂くように鋭く大きな音がした。それに驚いたわたしは思わず目を閉じてしまった。すぐさま目を開くと、景色は一変していた。お婆ちゃんは男にしがみ付き、その貫通した胸部からは鮮やかな赤色の液体が止めどなく流れていた。
「は、離せ!」
「に……逃げ……。逃げて、フィユ!」
「あ、あ……ああっ! おば……」
「逃げて!」
気付くとわたしは、お婆ちゃんに背を向け走り出していた。
「止まれっ!」
わたしは叫ぶ男を気にも留めず、家を飛び出した。激しく降り続いている雨の中に飛び込み、ぬかるんだ道を裸足で走った。顔に当たる雨も小石を踏む足の裏の痛みも気にならなかった。ただ、走った。走って走って走り続けた。途中、遠くから二度目の銃声のような音が聞こえたが、耳を塞いで走った。あふれ出る涙は視界を歪ませ、手には包丁で刺した時の感覚が残っている。
これは涙じゃない。雨なんだ。手に残る感覚は生きている証だ。
そして、走り続けた脚が限界を迎えたのか思うように動かず、ぬかるんだ土に足を取られた。思い切り前に転んだわたしは、起き上がろうとするが体に上手く力が入らない。
「う……ううっ……」
独りだ。
もう周りには誰もいない。
友達がいないどころの話じゃない。
完全に独りなんだ。
どうしたらいいの。
これからわたしはどうやって生きていけばいいの?
お婆ちゃん――。
「あ……ああ、あ⋯⋯あああああああ!」
胸が苦しい。手の震えが止まらない。喉が締め付けられるように痛い。
きっとこれは罰なんだ。わたしが魔女だから。生きているからこうなった。大事な人を犠牲にしてまでわたしは生き残った。この苦しみを忘れてはいけないんだ。生きている間はこの罰を背負い続けなければいけないんだ。わたしに出来ることはそれだけなんだ。
降り続いていた雨は止み、さっきまで空を覆い尽くしていた厚い雲の隙間からは太陽の光が漏れていた。
顔を上げると、眼前で白い蝶が踊るように舞っていた。その姿を目で追っていると、すぐそばに誰かが立っているのかその足が視界に入った。恐る恐る見上げると、一人の女の子が立っていた。
髪は綺麗な赤色で、目には包帯が巻かれている。歳はわたしよりも下に見える。
女の子はわたしの目の前にしゃがんで、膝に頬杖をついて言った。
「酷い顔……」
「……え?」
女の子はわたしの顔に付いている泥を指でなぞる様に取った。
この子は一体誰なんだろう――。




